真っ白いワイシャツが眩しいって、わたしいつも思ってた。三日前の席替えで前の席になった花井くんはどこからどう見ても野球部で、身長は180センチ以上もあって、すごくおおきくて、授業中は眼鏡をかけてて。ひろい背中に、いつも見惚れていた。なんで身長まで知ってるかって、この前の身体測定のときに水谷くんと阿部くんと話しているのを聞いたから。身長差、わたしと20センチもあるんだあなんてあの時は思ったの。今は現国の時間で、教壇の前の先生が教科書を読んでいる声はわたしの右の耳から入って左の耳から抜け出ていく。初めのうちこそ教科書の文字を辿っていたけれど、すぐに机に突っ伏して眠っている花井くんの背中にわたしの両目は釘付けになった。ひろい肩幅に、花井くんはわたしとは全然違うんだなって思う。

「じゃあ次は花井に読んでもらおうかな、」

え、花井くん?だって今、花井くんは寝てて。先生が呆れた顔をしてこちらを見ている。あ、先生わざとやってるのか。クラスのみんなのくすくすという笑い声が聞こえた。お、起こしたほうがいいのかな。でもわたし、花井くんとあんまり話したことないし、それに、は、恥ずかしい。

「おーい、花井」

先生の呼び掛けにぴくりともしない花井くん。このままじゃ花井くんの現国の成績の危機…!それは裂けてあげたい。大丈夫、寝てる花井くんを起こすだけだもん。わたしにだってできる。手を伸ばして真っ白な背中に人差し指で触れた。くい、とワイシャツを軽く引っ張る。どかんどかんと心臓の音がする。花井くんに聞こえませんように、指先がふるえませんように。

「は、ないくん」
「……」
「花井くん、花井くん」
「…ん、あ」
「あ、あの、花井くん。先生にさされてるよ」
「えっ、うわ、」

ガタガタと椅子の動く音がする。花井くんは真っ赤な顔をしていた。そのまま後ろを振り返って小さな声でごめんとつぶやく。わたしは驚いてしまって、うん、としか返すことができなかった。慌てて教科書を開いた花井くんは、今度はゆっくりとわたしのほうを振り返って申し訳なさそうに眉を下げる。何を言われるのかと身構えると、彼はやっぱり小さな声で何ページか教えて、と言った。

「ご、53ページ、です」
「わり、ありがと」
「ううん、大丈夫」

大丈夫、と言えば花井くんは眉を下げたままはにかむように笑ってくれて、彼のそんな表情にわたしはもう胸がくるしくなっちゃって。ぎゅうぎゅういってる胸のあたりはどうしようもなく花井くんがすきだってそういってる。どうしよう、どうしようわたし。花井くんと話してた、背中にさわってた、笑って、くれた。もうこんなの、しんじゃいそうなくらいうれしいよ。


「…あの、みょうじ」
「わっ、は、花井く」
「さっきはありがとう、おれ、全然気付かなくて」
「ううん!わたし、ただ起こしただけだし。あの、花井くん寝てるとき、野球部の練習大変なのかなって思ってた」
「っ、え!まじ、で…?」
「あっあのね…!たまに見るの、花井くんが部活やってるところ」
「そう、なんだ」
「う、うん」

赤い顔のままの彼にわたしも負けず劣らず赤い顔をしてるんだろうなあなんて思う。ごめん花井くん、たまにだなんてウソです。


ためらわないでさわってよ

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