「わ、どしたのそれ」

ぽたり、真っ黒な髪から透明なしずくが滴り落ちて机の上に小さな水溜まりをつくった。ぽた、ぱたり。肩で息をしているのは体育の後だからなのだろうか。ジャージ姿でどかっと私の隣に座った泉は、背もたれにだらし無く寄り掛かりながらふはあと大きく息をはいた。男子の今の種目は確か、サッカーだったかな。

「体育外だったから」
「雨降ってたの?」
「サッカーしてたら途中から降ってきやがったんだよ、あークソ」

がさごそとセカンドバッグの中を探る泉を横目に見ていれば、バッグを荒らしていた手が急にぴたりと止まる。目を細めて思い切り不機嫌そうな表情をした彼はちらりと私のほうを一瞥し、それからまたはああと今度は大きなため息をついた。

「ちょ、人の顔見てため息つくな」
「……」
「…タオル、ないの?」

泉がタオルを探しているのは一目瞭然だったし、如何せんそのびしょ濡れの頭もかわいそうだと思ったから。風邪ひくよって心配したいけど、私は多分素直にそんなこと言えないから。使っていないタオルがあるの。今日の体育、女子は体育館でドッチボールだったからだよ。外野の私はあんまりボールにも触らなかったし、だから、だからね泉、

「部室に忘れた、ぽい」

つぶやくみたいに小さな彼の声に、少しだけ勇気をもらって。自分のバッグからくまさん柄のタオルを取り出した。それをずいっと泉に差し出す。多分私今、顔まっか。使ってないから、とやっとのことで言った私の声も、弱々しくてどこか頼りない。きっと、緊張してるからだと思う。私、今すごく緊張してる。泉は元々大きな目を少しだけ見開いて、え?と聞いたことのないような気の抜けた声を漏らした。

「っ、くま、だけど」
「…いいの」
「泉がくまさん嫌じゃないなら」
「や、違くて。おれが使ってもいいのって、聞いてんだけど…」
「い、いいよ」
「濡れてもいいの」
「う、ん」
「…なら、つかう」

す、と泉の手が伸びてきて、ありがと、とやっぱり小さな声で言われたから、私も小さな声でうん、と返すことしかできなかった。黙ったままタオルを頭からかぶって乱暴に拭き始めた彼に、髪が傷むからもっとやさしく拭きなよって言いたい。でも、なんか変な感じ。くまさん柄のタオルで髪を拭く泉がかわいくて、私は思わず吹き出した。

「何わらってんだよ」
「え?い、いやあ…」
「…へんなの」
「あは、泉くまさん似合うね」
「うっせ、にやつくな」
「だって泉がくまさん…」
「あのな」

呆れた顔をする泉は悪態を付きつつも、わしゃわしゃと今も尚頭を拭いている。もーかわいたかな、と泉が言ったから、まだ全然ぬれてるよって返したら嫌な顔をされた。

「あ」

ふいに何か思い出したような表情をした彼に首を傾げれば、今度はジャージのポケットの中を探りはじめた泉。あったあった、頬を少しだけ綻ばせた彼はポケットから抜いた手をそのまま私の前に差し出す。泉の手の平には、小さな飴玉が乗っていた。

「さっき水谷からもらった」
「…水谷くんて、野球部の」
「そ」
「く、くれるの?」
「ん」
「あり、がと」
「タオル、洗って返すから」
「え、いいよ別に」
「だめ、洗う」

そう言ったきり彼は正面に向き直り、肩肘をついてそっぽを向いてしまった。私はそれがちょっとだけ寂しくて、もらった飴玉のねじれた包み紙をそっと解く。色からしてこれはオレンジ味かなあ、人差し指と親指で掴んだそれを口の中に放ると、口内いっぱいにオレンジの味が広がった。

「あまい、」




みだすまえに、


title クロエ

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