ぶくぶくぶく。風呂に入りながら思うこと。彼女の部屋の風呂場はおれん家よりずっと広いから好きだ。夏なのに湯舟につかるのが好きなおれのために、わざわざ湯をはってくれた彼女。自分はシャワーだけのくせに、おれに何も言わないとこが本当いじらしい。ぶくぶくぶく。鼻の頭まで湯につかり息をはきだした。ちょっとくるしい。そうなんだよ、可愛い人なんだ。すごく、可愛い人なんだ。

「だって、7つもはなれてるんだよ。文貴くんはまだ大学生だけど、わたしもうおばさんよ」

恋愛に年齢はやっぱりおおきな壁になるんだなあ。おれは全然気にしないのに。まだ全然若いよ、おばさんなんかじゃねえのに。26歳のみょうじさんと19歳のおれ。少し分が悪くなるとすぐ歳の差の話を出す彼女はまるで子供だ。おれだって、気にしてないって言うけどね。みょうじさんがすごく気にしてるから、傷付いてないわけじゃないんだよ。もう少し早く生まれてたらなって、思うこともあるんだよ。

さっきも彼女に歳の話を出されて、おれは風呂に逃げてきたというわけ。なるべくそのことは気にしないようにしようって彼女が気を遣っているのは気付いてる。だけど口をついて出ちゃうんだよね、知ってるよ。気にしてるから、言っちゃうんだよね。わかってるけど、わかってるんだけど、やっぱり言って欲しくないんだ。歳なんてどうでもいいって、思って欲しいんだ。

「文貴くん」
「え、あっ、どうしたの?」

ドアの向こうから彼女の声がして、慌てて沈みかけていた体制を立て直した。頭がふらふらする。危ない、のぼせるとこだった。

「文貴くん、あ、あの、いっしょに入ってもいいかな…」
「は」

ガチャ、とドアを開ける音がして、なんにも着てないみょうじさんが、ひょこっと顔を出した。裸なんかなんべんも見てるのに、なんでこんなに心臓バックンバックンいってんの。頬っぺを真っ赤にしてこっちを見てるみょうじさんがおれに何かを言いたそうに口をもごもご動かした。ふみきくん。もう一度名前を呼ばれて、おれはいよいよ焦ってしまう。

「ちょ、ちょっと、どうしたの」
「だめ…かな」
「だって、おれが一緒に入ろって言っても絶対入ってくれないじゃん」
「今日は、いいの」
「今日はって…なんで」
「な、仲直りしたいの!」
「うわっ」

無理矢理湯舟に入って来た彼女にうろたえながら、どこに目をやっていいのかわからずとにかく足を曲げてスペースを開ける。あーあ、お湯がザバザバ流れちゃってもったいない。おれの足の間にはさまるように後ろ向きで収まった彼女は、小さく体育座りをしてごめんねとつぶやいた。普段の彼女なら絶対有り得ない行動の数々。みょうじさんは26歳だけど、ドジだしおっちょこちょいだし、料理したら火傷するし、歩けば転ぶし、すっげえ恥ずかしがり屋で、セックスだって何回やっても慣れないし、その他にもまだまだたくさんあるけど。

「文貴くん、ごめんね」

みょうじさんが後ろを振り向いて、おれの胸板に倒れ込んでくる。ちょっと、どういう風の吹き回しなの。あっ、そんなすりすりされたらやばいって。もう自分でもなんでこんなに緊張してるのかよくわからない。ぎゅうってしたいのに、みょうじさんに触らないように変な位置にあるおれの両腕。そろそろつりそう。いや違うんだ、そうじゃなくて。鎖骨のあたりに彼女の頭があって、その、少し視線を下に向ければ、みょうじさんのむ、胸が。

「でも、どうしても気になっちゃうの。わたしも19歳だったらいいのにって、思っちゃうの」
「みょうじさん…」
「なんて、今でもこんなおばさんを文貴くんが好きって言ってくれるだけで、しあわせなんだけどね」
「みょうじさんはおばさんじゃないよ。それに、おれもちょっとだけ26歳だったらなって思ったことあったけど…、でも、もうやめようよ。こんなんきりないし、やっぱりおれ、歳なんか気になんないもん。別にみょうじさんが30歳だって40歳だって、いいんだ」
「よ…40歳はやめて…」

顔をあおくしてみせる彼女に少し笑った。彼女もおれにつられるみたいに、えへへって笑う。彼女は可愛い人なんだ。笑ったり泣いたりへそ曲げたりいそがしくて、すごく可愛いんだ。ちょっと唇をとがらせたみょうじさんがおれの首に腕をまわし、向き合うように身体をくっつけてくる。もう、だめだ。胸あたる。

「あの、みょうじさん」
「なあに」
「勃っちゃった…」
「た…っ?」
「どうしよう…」

ははは…なんて笑ってみても本当は結構つらい。彼女の顔がみるみるうちに赤くなってく。可愛いなあ。女の子だなあって思う、こういうとこが好きなんだ。

「っもう、ふみきくんのばか、きらい」
「…だってそんなくっつくんだもん」

また変態とか言うんでしょ。って今度はおれが唇をとがらせる番。真っ赤なかおでうつむいてしまった彼女にどうしてもらおうなんて今は思ってないから、ちょっと風呂場から出て行ってくれたらすごくうれしいんだけどなあ。

「…じゃ、あ、さわったげる」
「あ、ちょっ、うあ」

ばかやめなさいって叫んでも彼女は手を離す気は更々ないようで、へんに真剣な顔をしたまま手を動かすからおれは、おれはもう、

「ん、みょうじさ、っあ」
「ふみきくん…えっちしたい」
「…はあ…風呂場で?」
「ううん、ベッドで」
「…じゃあベッドで謝って欲しかったな…」
「ね、だっこして」
「しょうがないなあ」

先に湯舟から上がり、かっるいみょうじさんの身体を抱き上げる。うわ、もうお湯半分以下になってら。もったいないけど今はどうでもいいかなあ。ふみきくんふみきくんってやたらおれの名前を呼ぶ彼女はとびきり可愛い。ただ呼びたいだけなんだよね。いつか聞いたときそう言われたのを覚えてる。バスタオルを巻いてやって、お姫様だっこ。ねえこれ巻く意味あるの?って声は無視して、ぺたぺた歩いてたどり着いたベッドの上にやさしくおろしてあげる。

「仲直りできたって思っていいの?」

エアコンのリモコンを探していたら、はいって手渡されて驚く。シーツのはじっこを握るちいさな手にちゅうって唇をくっつけた。ありがとうって。

「うん、いいよ。」

わざと歯をだして笑う。安心したのか、頬を緩めてだらしなく笑った彼女の唇に親指で触れた。おれはけんかしたとも思ってなかったんだけどなあ。


きみ

かわいい


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