「あれ、花井も見学なんだ」
「うわっ」

唯一屋根のあるプールサイドの脇、小さなベンチに座っているジャージ姿の花井を見付けて、側に駆け寄る。しゃがみ込んで彼の顔を覗き込めば、花井は驚いたのか後ろに背中をのけ反らせた。ぼうっとしてたからびっくりさせようとしたのは私だけれど、そんな顔されると少し傷付くな。ああでも、だけど。焦ったように眉を下げるその表情も、好きだな。強い陽射しに肌が熱を持つのを感じる。幾分普段より高い皆の声が随分と遠くで響いているように聞こえた。都合の良い私の耳は、花井と二人きりという錯覚を起こしたみたい。

「おまっ、急に出てくんな」
「なんで見学?怪我してるの?」
「…聞いてる?」
「ねえねえなんで?」
「水着、忘れた」
「わあ!わたしと一緒だ!」
「…あ、そう」

とすん、音をたてて隣に腰を下ろせば、彼は小さく息をついた。花井と二人で見学だなんて私、ついてる。うれしくって横顔の彼ににっこり笑いかければ、ちらりとこちらを向いた花井と目が合って心臓が跳ねた。花井はすぐにそっぽを向いてしまったけれど、私のこの緩んだ頬はしばらく元に戻りそうにないや。太陽の光が水面に反射してきらきらと輝く。水しぶきがまぶしい、水面に反射した光が彼の頬に映ってゆらゆらと揺れた。きれいだなと思った。横顔を、見つめていられるしあわせ。一瞬、周りの喧騒が掻き消えたように感じる。ね、二人きりだと思っているのはやっぱり私だけかな。あんまり私が見つめるものだからいたたまれなくなったのだろうか、花井は持っていた体育日誌で自分の顔を隠してしまった。当然私からは彼の顔が見えない。花井の半袖の裾を軽く引っ張って彼の名前を呼ぶ。ばっ、ばか、引っ張んな、って吃る花井がかわいくて、体育日誌の向こう側であかく染まっているであろう頬を想像すれば勝手に口元が綻んだ。丸めた体育日誌で頭を軽く小突かれる。やっと花井の顔が見えた。いたいよ、そう言って笑えば、花井も嘘つくなって困ったように少し笑った。

「…わあ、花井、腕」
「え?」
「日焼けしてる」
「ん、ああ。部活、かな」
「野球?」
「うん」

真っ白なTシャツからすらりと伸びる日焼けした花井の腕を見つめる。それから自分の腕に目をやれば、なんだかため息をつきたくなってしまった。ベンチに浅く座り直し、ゆっくりと腕を掲げてみる。空が眩しいのも相まって余計に腕がしろくみえた。もっと日焼けとか、したほうがいいのかも。それに、花井と私は全然違うんだなあ。その、花井の腕はがっしりしてるっていうか、何というか。

「しろいな、」
「え、わたし?」
「おまえ以外に誰がいんの」
「…そ、そうかな」
「だってほら、な」

彼に肌を見られていると思うだけで、身体が焼けるようだった。ふいにほんの少しだけれど腕を近付けられて、彼の腕と私の腕を比べるような仕草をされる。すぐ横に、花井がいる。火照る肌も、額に汗が伝うのも気にならなかった。暑いな、そう思う。比べた腕は花井のほうがずっと逞しくて、ずっと大きくて、胸の奥がきゅっと締め付けられるみたいに痛んだ。こんなに、違うんだ。私と花井はこんなに違う。急に恥ずかしくなって、彼から意識を反らそうと声を大きくした。

「う、腕よりこっちのがしろいよ、ね、花井」
「え」
「ほら、こことか」
「ば、ちょ、みょうじ…!」

回らない頭で、穿いていたハーフパンツを捲り上げて太ももを晒す。スカートに隠れている部分はしろいままなんだよ、膝の辺りはすっかり日焼けしちゃった。ね、花井もそう思うよね、そう言いたくて隣の彼を見上げると、唇を真っ直ぐに結んだ花井と目が合った。ありありと見開かれた瞳には私が映っている。みるみる赤に変わっていく表情に、自分が仕出かしてしまったことに気が付いた。耳まであかくして私を凝視する彼に、これは少しまずいかもと先程の行動をひどく後悔する。私の、ばか。

「はな、い」
「っ、…なに」
「ごめんなさい、あの」
「……」
「無神経なことして…」

彼の歯切れの悪い返事に、引かれてしまったのかもしれないと少しこわくなった。きっと今は花井に負けず劣らず私の顔も赤いと思う。せっかく花井と二人きりなのに、本当ばかだ。両手で頬を押さえて顔を隠す。後悔に苛まれている真っ最中、くすりと吐息がこぼれたのが聞こえた。どうして、笑い声?そろりと指先の隙間から彼の表情を伺う。花井は怒ってもいなくて、呆れてもいなくて。笑って、いた。苦笑気味に目を細めて、頬はまだ赤いままで、確かに花井は笑ってたの。

「ばか」

笑った顔があんまりやさしくって、胸の奥がきゅんとする。せつなくって唇を噛んだ。心臓がぎゅうぎゅう締め付けられて苦しい。どうしよう、うれしくて胸が潰れちゃいそう。

「ひい、た?」
「ひいてねえよ」
「ほ、ほんと…?」
「…ほんと」

忙しいやつだなおまえは、って花井が笑う。俯いたままでいると、もう一度丸めた体育日誌で頭をぽこんと小突かれた。ねえ顔を上げられないの、全部ぜんぶ花井のせいなんだから。


あなたをたしたい



▼大好きなさちさんへ
ハッピーバースデー!

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