朧月夜1P/1P
照りもせず曇もはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき
これを読んだ時、そんなに良いものなんて思わなかった。
オレはどちらかと云えば、春の月よりも冬の月の方が好きだ。冴え冴えとして、凛として、雲からうっすらと覗くよりも、冷たい光を放っている方がいい。
それと、そこの主人公があんなにも周りの人達から愛されていて、ちょっと羨ましかった。
オレは一人の人の心もままならないというのに……。
此処のところ、任務で擦れ違いの生活が続いている。それは仕方のないことだと思いつつ、寂しい思いをしていた。
センセが帰ってくるのは明後日の予定だ。その日、任務が入らなければいいな。
任務帰りそんな事を考えていると、目の隅に白くボウッとした物が写った。
何だろうと首を回して見ると、白い満開の桜の木であった。
白なんて珍しい。
一枝持ち帰り、センセに見せてあげよう。
近寄って行くと人の気配がしてギクリと体が強ばる。
が、直ぐその気配が自分の求めていた人のものである事が判り、思わず顔が綻んでしまう。
「センセ!」
「やあ、カカシ」
自分の名を呼び、嬉しそうに振り返るその姿は、薄明かりの中とても美しかった。
明るすぎもせず、かといって暗くもなく、ほんのりと柔かい光を浴びて桜の下に佇む姿は幻想的でもあった。
そう見えてしまうのは、何も彼に恋をしているからばかりでもない。
里でただ一人、金の髪を持ち、青い瞳は冷たい光を湛えどこまでも澄んでいる。容姿端麗で柔かい物腰は里の内外を問わず、美しいと評判であった。
その姿に暫し見とれていると、不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「どうしたの?」
「…え?」
「オレの事見たまま何も言わないからさ」
いつもなら、何でもありませんと答え誤魔化そうとするのだが、何故か今日は素直に口を開く。
「あ…、この桜が…白くて……」
「うん」
「…センセにも見せたいなって……そしたら、センセが居て…」
センセがとても綺麗で…と言う前に、ミナトの手が延びて頬に触れる。触れるその手はいつも暖かい。
と、いつの間にかその手はカカシの背に廻り、抱き込まれる。驚いてミナトを見上げると唇を塞がれてしまった。
甘い口付けに目を見開いたまま動けずにいると、
「…カカシ…、キスの時は目を瞑ってよ」
「…あ、ごめんなさい……あんまり吃驚したもんだから…」
「え?…ああ、あんまりカカシが綺麗だからさ…」
「綺麗って……それはセンセでしょ」
センセはいつも突飛な事を言ってくる。
「もう、カカシ、いい加減自覚してよ」
センセこそ自覚して欲しい。
その青い瞳で見つめられて微笑まれたら…喜びに胸が満たされる。
その微笑みが自分だけのものでなくても、見つめられてる今は、自分のものだ。それだけで、嬉しい。
さっきのキスだって、センセにしてみれば、いつものキスと変わりないでしょ?
でも、オレは……
『センセが好き』。
それを告げることは怖くて出来ないけど。だって、今の優しい関係を壊したくない。
……今のままでいい…。
頬をうっすらと染め、潤んだ瞳で見つめるカカシをそっと抱き締め、想いを込めて囁く。
「カカシ…好きだよ…」
返事の代りにミナトの腰に腕を廻し、ギュッと抱きついた。
好きだと言ってもらえたからじゃないけど、センセをこの上もなく美しく照らしてくれた朧月が、ちょっとだけ好きになった。
end.
06.09.08
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