あさき夢みし 33P/3P
カカシは苦悶の表情を浮かべ、手を青年の手に添えるが、己の首から剥がそうとはしなかった。
カカシの口が小さく動いた。だがそれは声にはならず、口だけが動いたのだった。
カカシの手がだらんと垂れ、全身の力が抜ける。カカシの呼吸は止まった。
今やカカシを支えているのは、首を絞める青年の手のみ。
それも外されると、ドサッとカカシの体は床に落ちた。青年はそれを恍惚とした表情で見ていた。
その時、突風でも吹いたのか、窓がガタガタと鳴り、はっと我に返った。
床に転がるカカシを見て愕然とする。
ああ、オレは何てことをしてしまったんだ。殺すつもりじゃなかったのに…ただ話しをして自分の気持ちを知りたくて…。
カカシの前に膝をつき、ぺちぺちと頬を叩く。
「カカシ…カカシ!」
けれど、カカシの呼吸はそれで戻る筈もなく…。
カカシを仰向けにし、蘇生術を施す。
戻ってきてくれと祈りながら…。
程なくして、ヒクッとカカシの体が動き、呼吸が戻った。
「ぅ…ゴホッゲホッゲホッ…」
「カカシ…ゆっくり息吸って…ゆっくり…」
体を丸め苦しそうに咳き込むカカシの背を摩ってやりながら言う。
カカシの呼吸が落ち着いてから抱き上げ、ベッドへ寝かせてやる。
「ごめんね、カカシ。今、忍医呼んでくるから待ってて」
優しく頭を撫でてから出て行こうとするのを、カカシが引き留めた。
「待って、行かないでセンセ…。センセがオレのこと嫌いなのは判ってるけど…あと5分…5分でいいから…傍にいて…お願い…」
青年の服の裾を掴み、目にいっぱいの涙を溜めて、掠れる声を必死に出して言った。
青年は目を見瞠る。滅多に言わないカカシの我儘。こんな時は我儘とは言わないのだろうが。だが…
「…カカシ…オレはお前を一旦は殺した男だよ?」
カカシはふるふると首を振る。言葉にすると泣いてしまいそうだったから。
「オレが…恐くない?」
コクンと頷く。
「…傍に…いて…」
やっとのことで声を出し、青年の服を握りしめる。青年はベッドに腰掛け、カカシを胸に抱き締めた。
「横にならなくて大丈夫?」
コクンとひとつ。
「気持ち悪いとか、頭がふらふらするとかない?」
またひとつ頷いてから答える。
「…大丈夫…」
二人は暫く黙ったままでいたが、青年がカカシを抱き締め直し、話し始めた。
「カカシ…ごめんね。首絞めちゃって…」
「…平気」
「殺しに来たんじゃなくて、話をしに来たのに……何で抵抗しなかったの?」
「……………」
あなたが好きだからと答えて、これ以上嫌われたくないと思った。だから、答えられない。
ややあって、青年が口を開こうとした時、それを遮るようにカカシが答えた。
「…センセが…オレを嫌ってるの…知ってる…から…」
「え?」
心底驚いた。
「オレがカカシを嫌ってる? 何で?」
カカシはやんわりと青年を押し返し、俯いたまま言った。
「…夜営の時、一瞬だったけど…センセの殺気を感じたし……。見張りの時…目を逸らしたし……」
「…あれは…」
ああ、そうか、それでかと一人納得がいった。
この間、好きだと告白してきたカカシ。オレはカカシの師で親代わりで、そして同じ男で…告白するには勇気がいったろう。
それなのに、オレは応えてやる処か逃げてしまった。
「ごめん、カカシ。嫌ってるんじゃない。ただ、どうしていいか分からなかったんだ…。だって、お前はまだ子供で…倫理的にも問題あるし…まだオレのものにしちゃいけないと思ったんだ…」
説明を始めた青年を不安そうに見つめるカカシ。
「あの殺気はカカシに向けたんじゃなくて、カカシの先にいる、伽を命じた奴に向けたものなんだ…。ごめん。カカシが間違えちゃうの無理ないよね…。それに…カカシがオレ以外の奴に抱かれたのかと思うと…オレが大切にしてきたカカシに…触れるのが許せなかったんだ…。カカシは当たり前みたいな感じに話すし…」
「ごめんなさい…」
「いいんだ…カカシは悪くない…。オレ…ずっと考えてて…今さっき分かったんだ。カカシが好きだって。この世の誰よりも…」
その告白にカカシはみるみる涙を溜めていく。
「辛い思いさせてごめん。でも誰よりもカカシが好きだよ」
とうとう涙が溢れてしまった。
「…セ…ンセ…オレ…」
涙で詰まって言葉が出てこない。けれど青年には通じたようだ。
そっと頬に手を添えられ、優しく唇が重ねられた。
待ち望んでいたひと時、夢にまでみたキス。
叶えられることのない、叶うことのない想いと諦めていた。
それが今──、
キスと共にもたらされた。
まるで、夢ではないかと疑ってしまう程に…。
「夢じゃ…ないよね…センセ…ホントに…夢なんかじゃないよね…?」
確認してしまうのは、曾てそんな夢を見たから。そして目覚めては泣いていた…だから…。
「夢じゃないよ…。好きだよ、カカシ…」
「……うん…オレも…好き…センセが好き…」
今までの辛い思いが涙と共に流れていき、今は幸せの涙で頬を濡らしていた……。
end.
06.12.07
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