あさき夢みし 22P/3P
一方、残された青年も傷ついていた。
『カカシが…オレのカカシがオレ以外の奴に抱かれている…? 何で? …だってこの間カカシ…好きだって…オレが好きだって言ったじゃないか…あんな幼いキスをしてきたじゃないか…あれは…違うのか…?』
千々として思考が乱れる。どれ程考えても、答えは出なかった。
暫くしてカカシが見廻りから戻って来た。だが、どちらも目を合わせることも、口をきくことも…なかった。
そうして気まずい雰囲気の中、見張りを続けていると一人の男がやって来た。
「カカシ君、交替するよ」
「え?もう時間ですか?」
「いや、だけど君はまだ子供だから…。明日は、我々の隊は殿だからね。ゆっくり…も休めないだろうが、休んで、力を残しといてくれ」
自分のテントで休むように言い、カカシを帰した。
カカシを見送った後、そこで初めて気が付いたのか、金髪の青年に話しかける。
「次期火影ともあろう貴方が見張りに?」
「まだ、火影ではありませんよ。皆と一緒ですよ」
穏やかに話してはいるものの、青年の心の中は穏やかとはいかなかった。
何せ相手は、カカシが入って行ったテントから出て来た男なのだから。
「…カカシと一緒にテントにいたようですが…?」
こんな事を聞いたら、自分をもっと苦しめることになるかもしれないと思いつつ、聞かずにはいられなかった。
「…いやぁ、お恥ずかしい。戦場での興奮が収まりませんで…。それで予てから気になってたカカシ君に思いきって、伽を頼んだんですよ…」
少し顔を赤くしながら話す男。歳は自分とそう変わらないように見える。
カカシはこいつと寝たのかと思うと、腹の中で黒いものが渦を巻く。
「そうですか…カカシに粗相はありませんでしたか?」
「…あ…いや…そういえば貴方はカカシ君の師でしたね。すみません、師の前でこんな事…」
そこで言葉を切り、何か迷ったような感じだったが、思いきってという感じで話しだした。
「…元師の貴方にこんな事言うのは失礼かもしれませんが…。貴方には理解出来ないかもしれませんが、実は私はカカシ君が好きでして…男として女性を好きになるように、です。…それでカカシ君を抱こうとしたのですが…」
「"したのですが"という事は…抱かなかったのですか? 伽として呼んだのに?」
「はあ…まあ…。最初は抱く気満々だったんですがね。目に涙を溜めて唇を噛み締めて、体を固くされてたら…可哀想で…萎えちゃって…」
「目に…涙ですか?」
「ええ、だからそんなに嫌なのかと思って…。嫌がる相手を無理矢理抱く趣味なんてありませんし。それで色々と聞いたんですよ。そしたら、好きな人に振られたばかりだと言ってましたね。
チャンスだと思いましたよ。我ながらセコイとも思いますが…。幸い彼には性経験はないとのことでしたので…。この後、頑張れば彼と恋人同士になれるかな…なんて…」
照れっとした顔をして頭の後ろを掻いた。
何とも素直な男で羨ましいことだ。だが、良いことも聞いた。
カカシはまだ未経験ということ──。
では、さっきは何故、経験してるような口振りだったのか?
あの時、オレはカカシを抱きかけた…だから? オレが気にしなくていいように? あの子なら、そう考えてもおかしくない。
そうこう悩み考えているうちに、交替の時間が来て隊の所に戻る。
戻る途中、カカシの眠るテントの前を通った。
男の計らいでテントの中で眠ることが出来て良かったと思う。
ずっと夜露にあたっていては、忍とは言えまだ子供のカカシには酷だ。風邪もひかずに済むだろう。
この時ばかりは男に感謝した。
里に帰ってからは、火影引き継ぎの業務で忙しく、カカシに会うこともなく、またカカシの方も避けているようで、姿を見掛けることもほとんどなかった。
そのことでイライラは募っていった。
カカシが入院したとか、任務を休んだとか聞かないから、元気でやっているんだろうと思う。
だったらいいじゃないかと自分に言い聞かせてみても、イライラは消えなかった。
まだ、カカシに対して言うべき言葉も、自分の想いにすら気付けずにいる状態ではあったが、どうしようもなくカカシに会いたくて、会いに行こうと決心した。
カカシに会って話しをすれば、このイライラした気持ちもなくなるのではないかと思ったから。
カカシは今、自分の所から独立して上忍寮に住んでいる。
カカシのいる上忍寮は五階建てで、カカシはその最上階の東の端にいた。
玄関をノックしたが、中から応答はなかった。確かに中に居る気配はあるのに…。
ドアノブを回してみると鍵はかかっておらず、中に入ってみた。
カカシの部屋は中央にベッドが置いてあり、壁に作り付けの本棚、反対側に机があるだけの質素なものだった。本当に寝に帰ってくるだけといった部屋だ。
その部屋の隣にキッチンがあり、その奥にどうやら洗面所があるようだ。シャワーの音が聞こえてくる。
浴室へと続くドアを開け、そこからカカシに話しかけた。
「カカシ、話しがある」
ドアの向こうでカカシがビクッと驚いたのが分かった。
「部屋で待ってるから」
カカシからの返事はなかったが、さっさと部屋へ戻り、ベッドに腰掛けカカシが出てくるのを待つ。
シャワーからあがったカカシは、黒のタンクトップに黒のズボンという姿で、肩にタオルをかけていた。
きちんと拭いてこなかったのか、髪からはまだ水が垂れていた。
「まだ、濡れてる」
カカシからタオルを取り、ガシガシ拭いてやる。カカシはおとなしくされるがままになっている。
ふとカカシの首に目がいく。そこには幾つかの紅い痕があった。
『先日の任務の時のものか…』
髪を拭く手を止め、紅い痕をなぞると、カカシの体がピクッと揺れた。
そのまま首を摩りながら、もう片方の手も添える。暫く両手で摩っていたが、少しずつ力を入れ始めた。
それに気付き、カカシは青年を見つめた。青年は無表情でカカシを見下ろしている。
「…センセ…そんなに…オレが嫌い…?」
苦しくなってくる息の中、自分を絞め殺そうとしている男に聞く。
もしそうなら、何と悲しく辛いことだろう。
この間の夜営地で向けられた殺気は、間違いなく自分に向けられたものだったのだ。
ずっとセンセに嫌われていたのだ。
けれど、嫌われたとはいえ、大好きなセンセの手にかかって死ぬのなら、本望というものだ。
カカシの瞳から一雫、涙が零れた。
「嫌い? 違うよ…その逆…好きだよ」
どこかうっとりと言い、更に手に力を込める。
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