夫婦喧嘩 28
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『捨てられたんだ…』


耳をすまし、神経を集中させて隣室の会話を盗み聞けばカカシの泣きそうな声。
カカシは自分に捨てられたと思ったる?
無理もない。浮気を疑ったあげく、この任務。
見捨てたと思われても仕方がないかもしれない。
違うんだと声を大にして言いたい。
これは単なる手違いだと、そんなつもりは毛頭ないのだと教えたい。

『そういえば、そなたはここに来た日も泣いていたな』
『泣いてない』

カカシ先生、泣いてたってば?
オレが、泣かせた…。
ごめんってばよ…。
どれほどカカシが傷ついたのか。それを思うと遣る瀬なかった。
信じろと言ったのに、信じていなかったのは自分だ。カカシは信じてくれたのに…。結婚までしてくれたというのに。
どれだけ謝ればいいのだろう。どうすればカカシの傷ついた心を癒す事が出来るのか…。
やはりあの時、シカマルを振り切ってカカシの所へ行くべきだった。そうすればこんなにも心がカカシと隔たらなくてもよかっただろうに。
ナルトは後悔した。
カカシの任務の邪魔になっては、と会う事を断念した事を。
会って説明して謝っていれば…。
今からでも…!

『オレなんか忘れて、幸せな…家庭を……』

そう思っていると聞こえてきたカカシの声。
幸せな家庭?
カカシ先生を忘れる?
そんな事出来る訳ないってばよ!
ナルトは知らず知らずの内に叫び、壁をバン!と思いきりよく叩いていた。


「ふー、間に合った…」


その声に振り返れば、厳しい顔をしたテンゾウが立っていた。


「ったく、火影になってもかわらないな、ナルトは。君は自らカカシ先輩を窮地に陥れるつもりかい?」
「ヤマト隊長…何でいるってば?」
「シカマルに頼まれてね。君がカカシ先輩に会って来る可能性があるから、止めてくれとね。シカマルが懸念した通りだったね」


消音結界を張り終えたテンゾウが、少し呆れた声で言った。


「だけど、オレはカカシ先生に会わなくっちゃいけないんだ!」
「何故?」
「何故!? 決まってるだろ! オレはカカシ先生の誤解を解くんだってばよ!」
「それは今でなくてもいい事だろう?」
「今じゃなきゃダメだってば!」
「どうして? カカシ先輩を危機に追いやってまでする事ではないと思うけど、違うかい?」
「それは…だって、カカシ先生泣いてたって…」
「先輩が?」
「だから、カカシ先生に謝って、本当の事を伝えなきゃいけないんだ」
「…カカシ先輩が泣いたのは演技だとは思わないのか?」
「そんな事ないってばよ」
「どうしてそんな事が言える? カカシ先輩は今は潜入任務中だ。相手を騙さなくちゃいけない時もある。その可能性は考えないのかい?」
「あ…でも…」


先生、捨てられたって…先生を忘れて幸せな家庭をって言ってたってばよ…。
ナルトは唇を噛み締める。
あれは演技じゃない。きっと本心。
カカシの心は深く傷つき、涙を流している。
なんとかしたい。してやりたい。泣く必要はないのだと言ってやりたいのだ。
本当は抱き締めてやりたい。
涙を拭って大丈夫だからと…ずっと傍にいるからと言ってやりたい。
そう言うとテンゾウは頷いた。


「でも、それは今やらなきゃいけない事じゃないよ。カカシ先輩が里に帰って来てからでも十分だと思うよ」
「ヤマト隊長には分からないってばよ…」
「ああ、分からないね。ナルトがやらなきゃいけないのはカカシ先輩の顔に泥を塗る事ではなく、任務を終えて帰って来た先輩を迎え入れてやる事なんじゃないのかい?」
「………………」
「ナルト、君は「ヤマト隊長、ごめんってばよ!」「ナルトッ!」


ナルトはテンゾウを振り切り、天井裏へと飛んだ。そこからカカシのいる部屋の上に移動し、中を伺う。
すると──
そこには脚を大きく広げ、シンを受け入れているカカシがいた。
カカシの腕はシンにすがり付くように廻されている。かつてナルトに抱かれていた時のように。
その衝撃に固まるナルト。
やれやれ…とため息を吐いてテンゾウが木遁でナルトを天井裏から連れ戻す。
ナルトは茫然自失したままだった。


「ナルト、」
「分かってる! …分かってるってばよ…。任務なんだって…だけどっ…」


最愛の人が自分以外の男に抱かれている。
その事実は執務室で考えてた以上に辛かった。
嫌だ!嫌だ!嫌だ!
ギュッと握った拳が震えてくる。
カカシ先生はオレのもんだ!誰にも渡さねぇ!

『捨てられたんだ…』

カカシの声が甦る。

『オレを忘れて、幸せに…』

カカシの想い。
カカシは一体どんな想いで抱かれているのか。
泣いてたってばよ…。
オレのせいだ…、オレがあんな任務を渡したから…。
いや、違う。
最初に疑ったから…。
何で疑っちまったんだろう…。
何で信じてやらなかったんだろう…。
信じていれば、こんな事にはならなかった。カカシは泣かずにすんだのに。


ナルトはしても遅い後悔をするのだった。










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