夫婦喧嘩 13
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「…シアン…」


小さな声だった。
カカシは俯きがちに答えた。咄嗟に出た名前だった。
大名とその異母妹の名前を捩ってみただけの。
それが思いもよらない効果を出すとは知らずに。


「シアンか…。いい名前だ。私はカイという名だ」


身体を洗いながら教えてくれる。大名の息子という立場のわりに気さくな人柄なのだろう。
カカシは資料を思い出す。確か次男にそういう名の男がいた筈。
父上に会いに来たと言った。そしてカイという名。まず間違いなくこの男は次男なのだろう。


「シアン、そなたはどこに住んでいる?」
「…家なんてないよ。母さん死んでからオレ独りだし…」
「仕事は?」
「さあ…その日暮らしだから、決まってない」
「そうか…。なら、この屋敷で働いてみないか?」
「へ?」


事の成り行きに変な声が出てしまった。こんな見ず知らずの、まして身元不明の男を雇うというのだ。
いったい何を考えているのだろう…。


「あ〜、いきなりで驚くのも無理ないが、そなた言葉遣いは悪いが物腰は柔らかそうだし、頭も良さそうだ。それに少しは使えるのだろう?」


カイは剣を振る仕草をする。
これまでのカカシの様子から、ただ者ではないと感じ取ったのか、目には剣呑な、それでいていたずらっ子のいたずらが成功した時のような輝きが見てとれた。


「使えるって言ったって、ずいぶん前に教わったきりで、実際やったことないよ?」
「なに、構わぬさ。追々訓練してやる。手当が終わったら、父上に紹介してやろう」
「ちょっと待ってよ。何で人の事そんなに簡単に信用するんだよ? オレが泥棒か何かだったらどうすんだよ」
「私は人を見る目があるつもりでね。そなたはそんな事しないさ。そうだろう?」


カイはニヤッと笑う。カカシはそんなカイに反論しても無駄だろうと思うし、大名シンに近づけるのはもってこいなものだから、ただ黙って頷いた。
カイは憮然としたままのカカシの頭をクシャクシャ撫でた。なんか子ども扱いされてるなと思ったが、そういえば今子どもになっているんだったとため息が漏れた。


「どうした? 痛むのか?」
「大丈夫…」
「少し腫れているな…」
「…湿布でも貼っとけば治る」
「そういう訳にもいくまい。ばあやが医者を呼んでいる筈だから、きちんと手当してもらえ」
「意外と心配性なんだ?」


ははっと笑うカイ。そんなカイに遠い記憶が呼び起こされる。
かつての師。彼もまた、カカシに対してかなり過保護であった。小さなキズ一つで大騒ぎしてたっけ…。
そんな事を思い出し、自然と頬が綻ぶ。


「笑わなくてもいいだろう? これは父譲りなんだ」


新しい着物をカカシに渡しながら、憮然と話すカイ。自分も手早く身につけながら、カカシがしていた御守りを手に取った。


「擦りきれているな。ばあやに渡せば繕ってくれる」
「いいよ、別に」
「何がいいのです?」


軽いノックの後に先ほどの女性が入って来た。


「カイ様、その者をこちらへ。医者が待っております」


カイは分かったと返事をすると、再びカカシを横抱きに抱き上げて歩き出す。
またもやお姫さま抱っこになったカカシは、何だってこんな風に抱っこされなきゃいけないのよ、と小さく抵抗する。本気で抵抗したら、ケガさせてしまうもんなぁ…と、心の隅で思う。


「歩けるから降ろしてよ」
「すぐそこだから我慢いたせ。それにしても、シアンは軽いな。ちゃんと食べているのか?」
「食べてるよ」


カイの口から『シアン』という言葉が出た時、ばあやと呼ばれた女性がちょっと驚いたように振り返った。どうした? とカイが聞けば、何でもありませんと前を向いてしまう。
思いっきり何かあるでしょ、とカカシは心の中で突っ込んだが、その場は何も言わず黙っていた。
そして連れて来られたところはアカデミーの医務室のような部屋だった。家人がケガや具合が悪くなった時は、ここで簡単な治療など行なっていると推察された。
カイが医師に簡単にケガの説明をしながら、カカシを診察台に降ろす。


「ばあや、診察が終わったら父上の所に連れて来てくれ。それと繕い物頼む」


守り袋を女性に渡すと、父上の所に行くと言って出て行った。
それを見送り、今度は診察を受けてるシアンをじっと見つめる。何かを見抜こうとするかのような鋭い眼光だった。


「捻挫ですね。今日明日は熱が出るかもしれません。数日間は足を使わないようにしてください」


治療を終え、注意事項を与えると医者は帰って行った。


「シアン…というのですね、木の葉の方」


カカシが窺うように頷くと、自分はハナといい、木の葉に依頼した者だと告げた。


「まさか、あなたのような方に来て頂けるとは…」
「オレのような?」


まさか『はたけカカシ』だとバレたのか?
では、先ほどのカイにもバレてしまっていたのだろうか?だから、ここで仕事をしないかと誘われたのだろうか?
綱手様もオレとバレないように術を掛けてくれればよかったのに…。
カカシは内心かなり焦っていたのだが、表面上は落ち着いているように振る舞った。



そしてハナが次に発した言葉は──








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