まほろば(テンカカ)
黒髪に霜の降るまで、ずっとずっと傍にいますよ。
お前は笑ってそう言うけれど…、出来ない約束はしないでよ。
何が出来ないんです?
…そんな事聞かなくったって、分かってるでしょ?
出来ない約束じゃなくて、したい約束なんです。
したい?
はい。共に霜の降りるまで一緒にいたいんです。
ふ…、まるで三輪の赤猪子だ。
何です、それ?
あれ、知らない? 男に求婚されて、白髪になるまで迎えに来るのを待ってた女の話。
気の長い人ですね。
それだけ純情だったんでしょ。オレ達とは大違い。
オレ達って、僕も入ってるんですか?
当たり前でしょ?
酷いなあ。僕は先輩と違って純情です。
あ、こら、嘘つくな。一人だけ純情ぶるな。
はは、冗談ですよ。でも、いくら擦れた僕達だって、純な部分くらい残っているでしょう?
残っているかねぇ…。
素直じゃないんだから…。
何か言ったか?
いーえ、何にも。
あ、そ。
それにしても、テンゾ。黒髪に霜の降るまでと言っても、既に白髪があるじゃないの。
ええっ!?
ホントよ? ほら。
痛っ!抜かないでくださいよ。増えたらどうするんです?
それ、迷信だから。
ったく…。先輩はいいですよね。白髪になっても目立たないんですから。
何? ケンカ売ってるの?
違いますよ。拗ねないでください。
別に拗ねちゃいないよ。でも、なんで白髪の話になったんだ?
先輩が三輪の赤猪子の話をしたからですよ。
ああ、白髪になるまで待ってた話ね。
僕は待つんじゃなくて、一緒に“居る”んですからね。間違えないでくださいね。
はいはい。
…っちょ…、少しは待ちなさいよ…。
待ちません。僕は待つと約束してませんから。
好きです。いつまでも一緒にいます。この命が尽きるまで。
誓いのような口づけを、空に浮かぶ月だけが静かに見下ろしていた──。
12.01.10
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