意味が分からない


隼汰と別れてすぐの頃、自分の感情に負けた。

しかしそれは二年も前の話で、今はもうしていない。

本気で怒ってくれた人が居たから、したいと思う事もなくなった。


「……私のこの手は、血を流す為にあるんじゃなくて、美味しいって言いながら綻ぶ顔を生むために、また食べたいねって共有出来る幸せを生むためにあるんですよ……って、」

「……」

「……覚えてるかな、この間、一緒にいたコ……見た目はチャラいけどちゃんと自分を持ってて……正直、彼に出会えてなかったら、まだしてたと思う」


ただ、たまに、無意識に爪を立ててしまう事があるのだと話せば、彼の寄せられた眉間のしわが深くなった。

おそらくそれは憐れみから来たものだろう。けれどそんなものを向けられても嬉しくも何ともない。

寧ろ、不快だ。


まぁもうどうでもいいじゃないそんな事、と半ば強引に話を断ち切り視線をテーブルへと向ければ、処方されたのであろう薬包が見えた。

そんな私の視線を追いかけて、すぐさま私へと戻って来た彼の視線はまだ何か言いたそうだったけれど、言わんとしている事が伝わったのか、吐き出されたのは別の言葉だった。


「……ああ、言い忘れるとこだった……お前、腹、痛かったんだろ?」

「……あ、うん。朝、痛いなとは思った」

「神経性胃腸炎、だそうだ」


聞いた事はある。

だが、はっきり言って馴染みはないその病名にどんな反応を示すのが正解なのか分からなくて、そっか、とどこかしっくり来ない妙な言葉がするりとこぼれる。

それって、社畜と化した出世の望みも薄いサラリーマンがなるやつだよね?なんて偏見さえ浮かぶ始末だ。

なんなら、その医者とやらの腕を疑ってもいい。


「……涙華」

「……何?」

「今日、仕事は」

「休み、だけど、」

「次の休みは」

「一週間後よ」

「しばらく休む気は、」

「ないわ。ただの腹痛でしょ」


平気よ。

そう言ってベッドから降りようとすれば、肩に手を置かれ、寝てろとやんわり押し返された。


「……休む気がねぇなら、送迎を俺がする。夕食も俺と一緒に取れ。今日明日は流動食だがな」

「……流動食はともかく、送迎を強要される意味が分からない。や、一緒に取れってのも分からないけどさ」

「なら休め。体調が落ち着くまでな。その方が見張るだけで済むから手間は省ける」

「……見張りを宣言される意味も分からない」

「これ以上は譲らねぇからな。目ぇ離してまた倒れましたなんてなられたら今度こそ俺の心臓が止まる」


はぁ、とあからさまに吐き出されたため息に寄り添うそれは少々、大袈裟ではないだろうか。

彼の話を聞く限りでは、確かに迷惑をかけてしまったようだけれど仕事をしたぐらいで倒れたりするほど私は柔(やわ)じゃない。

しかし意味の分からない強要と宣言をさらりと言ってのけたこの男があらゆる意味で面倒かつ厄介な人間だというのは重々承知している。


「分かったら、さっさと決めろ」


さぁて、どうやって切り抜けようか。

ふん、と鼻を鳴らし、寝るから帰って欲しいと吐き捨てて頭から布団を被ってやった。
 



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