スズ様へ | ナノ

スズ様に捧げました



…八左はモテるよな…



なんて、目見麗しい恋人が唇を尖らせながらぼそりと呟いた。
それは今日のような寒々しい夜に、しかも何故か俺の身体を横抱きに抱えながら言う台詞では無いはずだ。


「…なに?新手の嫌味か何かか?こんにゃろう」
「なんでそっちが怒ってるんだ?」



尖った唇の他に眉間の皺がプラスされてもこの優男の美貌は増していくばかりで…
一年生の頃から五年間、この面に騙された女を何人見てきた事だろうか。


こいつが言ったさっきの言葉は逆に添え物を付けて送り返したい。




下級生の頃は先輩くのいちに可愛がられ、上級生になれば道行く町娘に声を掛けられ…
一番仲が良かった俺は幾度となく兵助宛ての恋文を預かってきた(まぁ恋仲になってからは預かりを拒否しているが…)
勘右衛門なんかはもっと酷かったらしい。


そんな男が、今まで引き立て役だった男に『モテるよな』だと?

嫌味でなけりゃあなんだ?
ああそうか、嫌がらせか。憐れみか。



しかし、そう内心で毒付く俺の胴を抱く腕が徐々に締まってくるのは何故だろう…
「っげほ!」と苦しみを咳に込めて兵助に告げた。




「逃げようとするから」
「お前の今の目、凄く嫌いだから」




むっつりと白けたような視線は以前俺が学力テストで見事な赤丸一つ貰った時と同じ目で、侮蔑や呆れが色々たっぷり含まれた目なのだ。要は馬鹿にしている。
もがけばもがく程腕が締まる。


痛くて苦しいのだと降参すれば、兵助は満足そうに笑って…再び腕に力を込めた


「いででで!だから降参っ!兵助っ!」
「降参するフリをして逃げる気だっただろう?甘い!」
「−−−っ!逃げない!逃げないからぁ!!」



ミシミシと不安な音が鳴りやみ身体を支配する痛みがやっと消え、ぐったり兵助の胸に身体を預ければ奴は「八左は鈍感なんだ」なんて言葉を言い放つ。




抱えなおす動きに抵抗を示さず好きにさせる。
一度拗ねた兵助は数時間は機嫌が直らない。
それは五年間共に育ってきたから知っている事で、更に恋仲となってさまざま体験してきた。


特にコイツは自分勝手だ。
直ぐ勝手に突っ走って、勝手に内に溜め込んで、人知れず勝手に爆発する。寂しいなら言ってこい。俺が欲しくなったら早く来い。とにかく来い。何でも来い。
なんて言い聞かせていなければコイツは自分勝手に不満を抱えるのだ。
そうして俺を巻き込んで自爆する。
…あ、俺って案外可哀想な人間だったんだな。



…今回もきっとそれだと思う。



兵助の好きなように。
されるがままの俺に、唇と共に奴を蝕む毒が落ちてきた…



「…前、町に下りた時…」
「町?ああ、木下先生のお使いの時か。」
「…団子屋の娘がお前に見とれていた。」



…まてこら。見られていたのはお前の方だ。



「歩く度にチラチラと女がお前に振り返る…」



…だからお前目当てだ



「女だけで無くて、子供も獣もお前を慕ってたな。」
「馴れてるからな」


なんたって下級生が多い生物委員会委員長代理ですから。
子供と獣はお手のものだ!


自ら身体を擦り寄せて、先程の威勢は何処へやら不安げに此方を見上げる兵助の顔に、今度は此方から口付けを贈る。




その際もぞもぞと腰元を動く腕を叩き落として、また一つ鼻の頭に唇を当ててやった。







兵助の不安は、痛い程良く解る。
名も知らぬ、見知らぬ女に大切な者が盗られるかもしれない恐怖。

預かった恋文を渡す際の不安
それを目の前で裂いてくれたあの安堵




嗚呼あの時には既にコイツを好いて居たのだな…



胸に頭を預ければ鍛え上げた胸筋が俺を出迎えて、さっきキツく締めてきた腕が今度は優しく身体を包んでくれて






誰が好いてこようが、誰に好かれようが…
俺を満たしてくれるのは、お前の全てだと…


そう言えば兵助も「一緒だな」と…幸せそうに笑ってくれるのだった…
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