笑火様に捧げました
「孫兵、お前は勘違いしてるだけなんだよ」
その言葉に、違います、の一言が…喉奥につっかえて出て来なかった…
今、それを思い出す度、なんて情けない姿を曝したのかと、後悔する
新緑生い茂る木々の隙間から日が差し込み、柔らかなそれは徐々に意識を朦朧と奪っていく。
愛おしいペットのジュンコを腹に抱き、誘う睡魔の導きを素直に受け入れ瞳を閉じる。
本当に気持ちの良い午後だ。
爽やかな風が前髪を弄び、光へと向かって流れていく。
−−まるで、彼のよう…−−
初めて彼に出会ったのは丁度自分と虎若達と同じ年頃で、まだジュンコが赤子の時だった。
嫌そうな顔を隠す他の先輩達と違って、彼は素直に純粋にジュンコへ接触を図ってくれたのだ。
人に馴れてないジュンコは何度も彼の腕を咬んで、大惨事になったけれども…それでも彼はジュンコに手を差し伸べてくれた…
そうして毎日、
『綺麗な蛇だな!凄い美人だ!』
と、笑ってくれて…
孫兵と呼ばれる度に胸がざわめいて、酷く泣きそうになる。
欲しい欲しいと身体の中心がシクシク痛むのだ。
思わず…気持ちを伝えた日があった。
伝えようなんて思って無かったのに、夕陽に彩られて瞼を閉じた彼がとても美しくて…
『好きです…愛してます』
と、考えるより先に唇が音を立てたのだ。
…何時だったか…
母が言っていた言葉を思い出す。
−−泣きたいくらい、叫びたくなるぐらい好きなら、もうそれは本物なのよ…−−
それなのに、彼は『勘違い』だと、否定した…
シクシク
シクシク
ジュンコを抱く場所から冷たいけれども暖かい痛みが声を立てる。
好きだ、愛してるんだ
と身体の全てから不協和音が轟く。
そんな日溜まりの中のうたた寝をしていれば、頭上の方向から木の葉を踏む音が響いた。
最初は木の葉の音を楽しむような足取りだったのに、此方が眠って居る事に気付いたのだろうか…一切音を立てずに近くまで歩んで来る。
この見事な足取りは上級生のものだろう。
下級生ではまず無理だ。
もぞりと、腹のジュンコが動いた。制服の合わせ目から顔を覗かせて、胴体を這い出そうともがいている。
「駄目だぞ、ジュンコ。孫兵、寝てるんだからな?」
…驚いた。
まさか彼の方から来るなんて…
あの日以来、僅かな蟠りが出来たように距離を置きだした彼が、すぐ近くに居るのだ。
「孫兵…」
風を孕む指先が前髪を、頭巾に隠れた頭を撫でる。
寝ている事を確認しているみたいだ。
いや、寝ていろと言っているようで…
少し大きくて堅い指先が目を守る薄い皮を撫でた
「…まだ早いよ。お前はまだまだ世界を知るんだ。…俺なんかに、捕まってちゃ…駄目だ…孫兵…」
愛おしむような指先が頬をなぞる。
名残惜しそうに離れた腕を…身体を咄嗟に抱き締めた
ジュンコが驚いて腹から落ち、二人を見守るように頭を持ち上げた
「っ!孫兵っ!!」
「好きなんです!」
「止めろっ!」
「愛してるんです!」
「や、止めてくれ!」
「勘違いなんかじゃあ無い!先輩を、竹谷先輩と、添い遂げたい!!」
止めろと叫ぶ唇を奪い、噛みつき、驚きで力を失った身体を抱き締めた。
「まご…へぇ…」
「勘違いなんかじゃあ無い。好きです。先輩が好き。好き。大好き。」
下から啄むように口付ける。
呆けて抵抗を無くした彼はそれを黙って受け入れてくれて…
何度目かの口付けが過ぎた後、馬鹿だなぁ…と言う言葉が涙と共に僕の顔へと降り注いだ…
(俺も好き…好きだったよ。お前、綺麗だったもん)
(…なら、何故…)
(綺麗だったから、俺が汚しちゃいけないなって…。)
(僕より、竹谷先輩の方が綺麗です。)
(ははっやっぱりお前、美的センスが変だよなぁ…。まあ、ジュンコは美人さんって言うのは認めるけど)
(…いいえ。僕の美的センスは一番ですよ。)