相対性幸福理論
「俺な、雷蔵の事が好きなんだよ。」
友人は俺の隣に座ると同時にそんな事を言ってきた。その友人…竹谷八左ヱ門がやけに神妙な顔をするものだから、少しばかり違和感がある。この男にそんな表情は似つかわしくない。いつも快活に笑うその表情こそ、八左ヱ門の真の姿…似合いの姿と言えよう。
「俺、雷蔵が好きなんだ。」
八左ヱ門はもう一度、今度は自分に言い聞かせるように重くつぶやいた。しかしまぁ、男が男を好きになるなどと。そういった趣向があると聞いてはいたが、まさか、友人がその趣向の持ち主だったなんて。しかも、相手はあの雷蔵か。
「…それで?雷蔵が好きで。八左ヱ門はどうしたいんだ?」
こちらが何も言わなければ一生この男は念仏を唱えるように『俺は雷蔵を好き』だと言い続けるだろう。さりげなく続きを促せば、八左ヱ門はきゅっと口をひん曲げて、眉をひん寄せて、それから『でも、』とぼやくように改めて口を開いた。
「でも?」
「…でもな、三郎のことも、好きなんだ…。」
ちょっと待て。
…ちょっと整理させてくれ。雷蔵が好き。まぁこれはわかった。同性を好きになるという異例はこの際おいておこう。で?三郎も好き?
「いやいやいやいやい。」
幾ら俺でも『面白そー!』と首を突っ込みたくはならないぞ、その案件は。
「雷蔵が好きで…で、三郎が好き…あー。因みにさ、今更だけど、」
「…もちろん、恋愛的な意味だよ。」
肩を落とし、眉を顰め、八左ヱ門は吐き出すように言った。
「俺、おかしいよな。同性に恋して、しかも一人じゃなくて二人を同時に好きになるなんて。」
でも、好きなんだ。八左ヱ門の語りは続く。
「最初は友情だと思っ…いや、思おうとしていたと言った方が良いか…」
「でも違うんだ。友情では感じないドス黒い何かが俺の中にいるんだよ。そいつが俺の中で暴れ回るんだ。例えば、雷蔵が中在家先輩と仲良さそうに話をしている時。例えば、三郎が後輩の一年生を抱っこして楽しそうに笑ってる時…」
「一年生までにか?」
「あぁ。…おかしいだろ!?しかもそれだけじゃあない、あいつら二人が仲良さげに話をしている所を見ると、俺も混ぜてくれって間に入りたくなるんだ!」
ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き抱く彼に、此方は開いた口が塞がらない。それにしても、雷蔵と三郎を好きになるなんてなぁ。俺は憐れむように困惑する同級生を見やった。あんなお互い大好きですオーラを放っている二人に於いては、恐らくどう足掻いたって言い方は悪いが付け入る隙などないだろう。
「八左ヱ門。」
悪いけど、お前の見込みないよ。そう肩に手を置こうとした、その時だった。
「はち。」
「こんな所にいたのか、はち。」
俺の手と言葉を遮って後ろから声をかけて来たのは、今ちょうど話題に上がっていた雷蔵と三郎で。俺が二人に声をかけようと口を開くが、まるで『これ以上余計な事は言うなよ』とでも言うような鋭い視線を向けられて思わず閉口する。
「雷蔵?…三郎まで、」
「こんな所で何をしているの?今日は僕たちと一緒に町へ買い物に行く約束をしたじゃないか。」
「まだそんな恰好でいて…さっさと着替えて来い。置いて行くぞ?」
「え、あ、ちょっと待ってて!」
"置いて行く"、と言う言葉を聞いた瞬間に顔色を真っ青にした八左ヱ門は慌てて立ち上がるとつんのめるように長屋へと駆けて行った。可哀想に、今の八左ヱ門にとってその言葉は一番恐ろしい言葉だろう。
「…勘右衛門。」
「うん?」
「予定が早まった。余計な口出しはするなよ。」
雷蔵や三郎の視線が矢のように突き刺さって俺の身を抉る。自分はどうやら勘違いをしていたようだ。確かにこの二人は仲が良いだろう。だが、それ以上に…
「お前たちが裏で何を企んで今までアイツと接して来たか、俺には想像もつかないけどさ…少しは手加減してやれよ。これじゃあどう見たって可哀想だ。」
「…言ったよね?余計な口出しはしないで欲しいって。」
「いんや、余計じゃないだろう。仮にも俺は八左ヱ門の友人なんだから…」
「なら、言わせてもらうが。手加減しろという言葉はアイツを本気で思っている私たちに失礼なんじゃないか?」
「仮にも僕たちだって、君の友人なんだから…ね?」
完全に言い包められた、と自覚したのは二人がこの場から消えて数刻経ったか否かの時だった。その間俺はただ呆然とすることしかできなくて、そして、それに対して歯痒く、無性に悔しい思いを抱くことしかできなかった。違う、違うだろう二人とも。八左ヱ門を無自覚な恐怖で縛りつけるなんて、そんな事しなくたってアイツはお前らを好いているのに。
「それでな、あの時―」
不意に遠くから八左ヱ門の声がして振り向くと、双忍二人に挟まれて幸せそうに笑う彼の姿がぼんやりと見えた。さっきまであんなに顔を真っ青にさせていたというのに、今では興奮で頬を紅潮すらさせている。きっともう、既に恐怖を恐怖とも思えなくなっているのだろう。彼がそうなってしまう前に、或いは彼らがこの結末を企てていた段階で、どうして俺は気付いてやれなかったのだろうか。止めてやらなかったのだろうか。
友人である、この俺が。
「…八左ヱ門、雷蔵、三郎…」
こんなの絶対間違えている。そんな俺の思いとは正反対に、三人はこの世の幸せを一身に受けているが如く、楽しそうに笑っているのでああった。
―END
以下感想
サイト『眠る梟』を管理、運営されております千紗様よりお誕生日プレゼントとして頂きましたvV
Twitterにて冒頭を見せてもらい、良いな続きがみたい!!と駄々を捏ねました所まさかまさかこれをお誕生日プレゼントとしていただけるなんて!!!
双忍竹素敵です!!!
千紗様、どうもありがとうございました!!!