俺と店員のキミ。


 本当に一目惚れなんてあるんだと、そう思うくらい衝撃を受けた。

 午後19時過ぎ、学生も社会人も帰宅で混雑する時間。人が溢れかえる程混雑した電車の中、地元は今か今かと期待で胸を弾ませながらただじっと耐える。
日課になった寄り道、今日彼はいるだろうか…?

 1ヶ月前、中々上手くいかない外営業に疲労困憊で普段はスーパーに寄るのだが残念な事に俺が住んでいる場所は田舎寄り、残業をして帰りが遅くなればスーパーなんてとっくに閉まっている。

(ビールが呑みたい…)

スーパーの方が安いけれど、もう時刻は22時前、地元のスーパーは21時には閉まるのでもちろん営業なんてしていない。

(コンビニ行くか)

ビールの他に軽く腹を満たすものを買おう、そう決めた所で見えてきたコンビニ、入ると店員の「いらっしゃいませー」という声が聞こえてきた。
真っ先にビールを手に取り、籠に入れる。ついでに明日の飲み物になる飲料水も手に取ったあとビールのつまみになる物を選ぶ…枝豆もいいけれどその隣にある新商品らしきつまみが置いてある、同じ値段でついつい悩んでしまう…いっそのこと両方買ってしまおうかという時、隣から「それ、美味しいって評判良いですよ」と声を掛けられた。
声の主を見ると、アルバイト店員が届いたばかりの受注品を棚入れしていた。高校生だろう、身長は俺より5センチ程低い。視線を顔に向けた瞬間、もうなんとも言えない感情に襲われた。ドキッと心臓が鳴った気がした、真っ直ぐ目を見ることすら恥ずかしい…これはもしかしなくても、一目惚れというやつだ。俺ノンケかと思ってた…違った…。

「ビールと凄く合うって常連のじいさんも言ってました。」

目線は棚から外さず、手をしっかり動かしながら話し掛けてくる、チラッと此方に目線のみ向けてきた。

「そんな発注してないんで早い者勝ちですよ。」

口元は上げられた腕で見えないが、フッと笑みを浮かべた気配がした。
その日から俺は、そのアルバイトくんに会いたいが為だけにコンビニに通い始めたのだ。


 胸を踊らせ、例のコンビニへ入る。目線だけ泳がせ、あの高校生アルバイトくんを探す…が姿が見えない。

(もしかして、今日シフト入ってないのか?)

小さく溜め息をつく、あぁ自分今落ち込んだな…と自覚出来た。どんだけあの子が好きなんだ俺は。知っているのは彼の名字だけで、相手は俺のことを何も知らない、ただの客と店員という顔見知りとも言えないような関係なのに。

(最近、軽くだけど挨拶を交わす位には進歩したけど…)

人間一つの欲をクリアすると新たに上をいく欲が生まれてくるもので、最近は名前を知りたいと思う程だ。名前だけじゃない、どこの高校に通っているのかとか、好きなものは何かとか、誕生日とか…考え始めたら尽きることはない。

(ストーカーか、俺は…)

自分の思考がちょっと気持ち悪く感じて溜め息をついた、今日はもうビールじゃなくてコーヒーでも買って帰ろう…そう思い缶コーヒーを手に掴む。コーヒーにはパンかな、と思い夜食用にパンを一つ。レジへ並ぶが人、人、人。

(そうか、この時間は帰宅ラッシュだもんな…コンビニも学生や社会人で混むんだっけ。)

 そんな事をボーッと考えている間に次は自分の番まで来た、が前の人は籠いっぱいだ、これは時間が掛かりそうだ。急いでないから別に構わないのだが…やはりこんなタイミングで籠いっぱいに買わなくても、とつい思ってしまう。すると隣から「お次のお客様こちらのレジへどうぞー」と店員の声がした、次って俺か…呼ばれたレジへ向かい商品を置き、財布を鞄から取り出そうとした時だ。

「今日はコーヒーなんですね」

 思わず手が止まった。
少し感情が隠っていて淡々としたこの聞き慣れた声…顔をゆっくりと上げるとレジに立っていたのは、目で探していた人だった。

「ぇ…あれ、さっきまでいなかった…え…?」

ついポロッと出てしまった言葉に反応した目当てのアルバイト店員くん。

「…あぁ、レジの仮点してたんで裏にいたんです。」
「仮点?」
「仮点検のことです。」

そう喋った後に「268円になります」と伝えられ、慌てて財布を鞄から出し支払いをした。そうか、だから見かけなかったのか…シフトが休みだった訳ではなかったようだ。それに今日は普段より沢山喋れた、嬉しくて小さく笑みが零れる。

「ちょうどお預かりします……嬉しそうですね。」
「あぁ、うん…キミと会話出来たからね。」
「……………。」

 ちょっと待て、今自分なにを口走った?
キミと会話出来たから?…これじゃあ、キミ目当てだって自分で言ってるも同然だ。しまった、と思った時にはもう遅い。何も反応を返してくれなくて、不安と焦りが混ざり合う。気持ち悪いと思われたかもしれない、どうしよう…頭の中はパニックで、もう此処には来れない…と思った時「ふふ」と小さく笑う声が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると、そこには可笑しそうに小さく笑っているアルバイトくんがいた。

「え…あ…え?」
「すみません、俺もアナタと話すの結構好きですよ。」
「え?…え!?」
「アナタと挨拶交わすの嫌じゃないです。」

これは夢か!?
まさかそんな風に思われていたなんて…嬉しい!嬉しい!嬉しい!!
ジーンと喜びがジワジワと波のようにやってくる。もう今日寝れるか分からない…。

「またお話しましょう。」

そう言って商品が入ったレジ袋を差し出されたのを受け取り、軽く挨拶を交わし、ポワポワと浮き足立って幸せな気持ちで俺はコンビニを出た。今度は少し勇気を出して名前を聞いてみよう。
明日の営業回りも頑張ろうと思ったそんな帰路だった。







営業部リーマンと高校生バイトの話。



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