伝えるのは間接な言葉のみ。


抉られるような痛みに、意識が飛びそうになるのを必死に堪え、声もろくに発せず過呼吸をするしか出来なかった。





重たい瞼をゆっくり開けると、真っ先に飛び込んだのは白い天井。その次にそろりと当たりを見渡せば見覚えのない部屋だった、覚醒しきっていない脳を回転させようにも情報が少なすぎる。起き上がろうと体を起こそうとすればダルくて重い、更には背中から腹部へかけて激痛を感じ動きが止まる。よく見ると自分の身体は包帯が巻かれていた。そこでまた新たに気付く事実―

(いつもより、視界が狭い…?)

そう思ってから有り得ない位鼓動が早くなる。思い出そうとするとまるで拒絶するように痛む頭、じわりと滲み出る嫌な汗、背筋にぞわりとくる悪寒、そしてガタガタと震え出す自分の身体。
自分でも意味がわからなかった、理解するにもこうなるキッカケを思い出そうとすると激しい頭痛…これではどう対処すればいいのかさっぱりだ。乱れた呼吸を整えようと、数回深呼吸をする。少し落ち着いてきた所でノック音の後にドアが開く音がした。

「目を覚ましたのね。」
「ダイヤ…」

聞きたいことが多すぎて、何から聞いていいのか分からずベッドの傍までやってきた同僚であり良き理解者でもあるダイヤを見上げる。すると普段は無表情であまり感情を表に出さない彼女が珍しく顔を歪めた。

「どうして、勝手に行動したの?」
「あ、えっと…」
「あと少しでも発見が遅れていたら、貴方死んでいたかもしれないのよ!?」

死んでいたかもしれない―、かなり重傷な状態で発見されたらしい。なるほど、起き上がろうとした時に感じた背中から腹部への痛みも、至る所に包帯が巻かれているわけも理解出来た。…ならこの視界が狭い感じがするのは何だ?そっと目を隠されている方に手を添えようとした瞬間ダイヤに添えようとした手を掴まれた。

「ダイヤ?」
「触っちゃダメ…」
「どうして?」
「……触っちゃ、ダメ…ッ」

そう言ったときのダイヤの顔は、瞳に水の膜を張ってまるで何かを堪えるように顔をフルフルと力無く横に振る。
その時、何となくだけど‐あぁ、この包帯は取れても視界は狭まったままなんだな‐と理解した。片目が…右目は見えないんだと、悟るのに時間はそう掛からなかった。
夢の中で感じた、あの抉るようなあの痛みはきっと右目を潰されたか何かされたときのものなんだ、と。

うっすらと、思い出してきた。
そうだ、確か援軍の要請があって目的地へ向かったんだ。到着した時味方の負傷者の数が予想を上回っていた事に少し動揺した、とりあえず味方の負傷者を手当てするために一時撤退をしようとした時だ。数メートル先に敵軍を見つけたのは…負傷者を運び、手当てのことを考えて誰かを一緒に連れて行くのは難しい、だからといって敵軍に見つかるのも時間の問題だ、なら―…結論が出た時にはもう行動していた。
敵軍といってもそんなに人数は多くない、5〜6人で固まって行動していたし。それ位の人数だったら一人でも手こずらない確信はあった、場数を踏んでいたこともあるが何よりバラけていなかったから。
息の根を止めるのに時間は掛からなかった、全員がちゃんと死んだかどうか足で小突いたりして確認した。まぁ、真っ先に急所を狙ったからよっぽど僕がミスるか相手が上手くかわすかしないと生きてはいないだろうけど…死亡を確認して死体から数メートル離れて当たりを見渡したその時だ、まるで最初からこれを狙っていたかのように死体の一つが爆発したのは。
敵軍が、まさかここまで非道な行動を取るとは想定外だった。‐まさか味方の軍服に探知式爆弾を仕掛けているとは…多分身に付けている者の動きが五分ぐらい無反応だったら自動的に爆発するシステムなんだろう、五分で敵もそう遠くへは行けるはずもない。増してや戦闘中なら尚更だ‐不意打ちというのもあるけれどそのせいもあって反応が遅れた、爆風にいとも簡単に体は吹っ飛ばされ大木の幹に叩きつけられた。起き上がるときに身体全身がズキズキと痛み、更には背中などからも半端ない痛みが訴える。

(何本か…いったな、これは。肺とかに刺さってなければいいけど。)

更に激痛が走る、身体からじゃない…右目からである。抉り取られているわけでもないのに、ボタボタと出血する。あまりの痛さに声を発するにも上手く発せずくぐもった声しか出ない。
呼吸もまともに出来ず、血は出ていくばかりで身体も言うことを聞かなくなった。

(これは、死ぬかな…。)

なんて大木の幹に背を預けながら頭のどこかで考えた。
死にたくないな、とも思った。まだやること、やりたいことなんて沢山ある。何のために兵士になった―守りたいものを守る為だ。死にたくない、なのに血が無くなっていく感覚がリアルに分かった、怖かった。目を上げることすら怖かった、見上げたら目の前に自分の首を…魂を狩りにきた死神がいそうな気がしたからだ。色んな恐怖を感じ、それに怯えながらそこで記憶は途切れた。それ以降のことは何も覚えていない。多分意識はあったんだろうけど、記憶を留めるまでは機能が働かなかったようだ。


「貴方がいないと気付いて、辺りを探したのよ。」
「…………。」
「見つけた時、血だらけで動かない貴方を見て血の気が引いたわ。」
「…………。」
「近付いたらまだ微かに息をしていて内心ホッとした、病院へ連れて来て手術が終わって一命を取り留めたと聞いてどれだけ安心したことか…」

今なら理解出来る、あの身体の震えを。怖かったんだ―…ジワジワと迫ってくる『死』が、その『死』と同時に死神も近付いてる気がして。
でも、あの時指揮を取っていたのは誰だ、隊長である僕自身じゃないか。何をしているんだ…そう考えたら申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そうだ、僕にはみんなを生きて帰すという大切な責務がある。何をやっているんだ―…。

「…すまない、無駄な労働をさせて…」
「……そう思うなら、一人で行動しないで。」
「………すまない。」


「それと…貴方はもっと自分の身体を大切にして、貴方をよく思ってない人達がいるのは確かよ。でも、貴方を慕ってる、尊敬している人達もいるっていうのを忘れないで。」

そこにある物全部貴方へのお見舞い品よ、そう言って病室を出て行くダイヤを見送った後見舞い品へと目を向けると予想以上の量で驚いた。手紙も添えてある物もある。右目は見えない、つまり眼帯になる。自分はこれから先、あの『死』が迫ってくる感覚を、そしてこうやって大勢に支えて貰っているというのを忘れずに立っていくのだ…と思うと恐怖もあったが自然と顔が緩む、今の自分が気持ち悪いことこの上ない。怖いという気持ちもある、でも何よりも自分を心配してくれた人達がいるという嬉しさと喜びの方が大きかった。

―…後から聞いた話、僕が意識を取り戻すまでずっと傍に付き添っていたのはダイヤだったと。交代します、と言っても断固として聞くことはなかったと。
今度、彼女に感謝とお礼を込めて何か贈ろう、と心の中で思った。
さて、何を贈ろうか…あのダイヤのことだ。最初はそんな事してない!と言い張るんだろうけど、結局最後は正直になって頬を赤らめながら「有難う」と微笑むのだろう。彼女はそういう人だ、長年の付き合いでよく知っている。

そして改めて言おう―…





(ありがとう、これからも宜しく、と。)
だって、君は大切なパートナー。













スペードとダイヤ



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