距離感覚の追いかけっこ


槙野に嫌われてると感づいたのはつい最近だ。
市川が声をかけると少し間があってもちゃんと反応するし、副会長なんかすぐ反応する。犬かってくらい反応する。
その時副会長に向ける表情がいつもより嬉しそうなのも、きっと槙野は副会長を慕っているからなんだと直感で思った。

でもオレが話し掛けると反応もしないし、なにより微かに嫌そうに顔を歪める、ほんの一瞬だけど。
肩に触れようとしただけでも避けられる始末、あそこまで差があると流石のオレも傷つく。
市川にポロッとオレ槙野に嫌われてるよねって言ったら「今更かよ」って言われた、そりゃもの凄い速さで即答だ。

ほら、今も目の前で槙野は副会長の後ろから着いてってる。
なんだかそれがすごくムカついて、でもやっぱり槙野と話したいし仲良くしたい。
市川から槙野がオレの仕事をこなしてるって聞いていたのを思い出して槙野と一緒に仕事をこなすために、仲良くするために生徒会に顔を毎日出し始めた。


オレが生徒会に顔を毎日出すようになって5日目―…あの槙野が、生徒会に一切顔を出さなくなったんだ。


最初は市川も槙野から「用事があるから生徒会に行けない」と言われそれを会長や副会長に伝えた、みんな「そうか」と言って大して気にも止めなかった、だって一日か二日くらいだと思ってたんだから。
でも3日目も4日目も、今日も槙野は生徒会に来ていない。
学校には来ていると、同じクラスの市川が言うんだから確実だ。
挨拶をすると返してくれる、でも市川が槙野と一緒に昼食を食べようとすると、忽然とまるで避けるというより逃げるように教室から姿を消して、昼休みが終わるギリギリになって教室に戻ってくるとか…帰りのホームルームが終わって槙野に話し掛けようとすると先生やクラスメイトに声を掛けられて、一瞬そっちを向いて振り返れば槙野はもう居ないの繰り返し。
クラスの奴らに槙野はどこに行ったか聞くにも、槙野は物静かで基本自分から話し掛けない…話し掛けても簡単な返事しかしないから会話が続かない、それが入学当時からずっと。
クラスメイトからも槙野は居ても居なくても気付かれない存在らしい、市川は槙野に話し掛けるけれど市川以外のクラスメイトが槙野に話し掛ける時は伝言や業務連絡を伝える時だけだと市川が言っていた。

市川は口が悪いし目つきも悪いが、根は良い奴で世話焼きだ。
そんな市川の性格を槙野はちゃんと分かってるし、市川の世話焼きを嫌だという反応もしないから受け入れてる筈なのに…市川が「槙野にとって、迷惑だったんかな…」と弱音を吐いた時は「それはない」と真っ先に否定したし、何より市川は今回何も関わっていない。

そうだ…槙野が生徒会に来なくなったのはオレが生徒会に毎日顔を出すようになってからなんだから……。




****




槙野が生徒会に顔を出さなくなった、榊原が生徒会に毎日顔を出すようになり槙野がこなしていた榊原の仕事は本来やるべき人物が処理している。
そんな日が三日続いたある日だ、槙野が昨日と同じように俺の元へやってきて仕事はないか?と聞いてきた。でも俺は槙野に仕事を回さなかった、槙野に回すような大した仕事でも無かったし何より槙野は榊原の仕事をこなして、尚且つそれ以上の仕事もしてくれていた。
だから少し槙野に楽をしてもらおうと思って仕事を回さなかった、でも「回す程の仕事はない」と言うと槙野は少し俯いて小さい声で「そうですか…分かりました」と言って離れて行った。
離れて行くとき槙野に少し違和感を覚えたが、気にかけなかった。それがいけなかったんだと、今更になって後悔した。

なんであの時すぐに気が付いてやれなかったんだろう、「そうですか」と言った槙野の声は小さく震えていたじゃないか。
まるでひとりで思いつめて、それを目の当たりにして堪えるように。


はぁ、とどうしようもなくやるせない溜め息が勝手に出る。
授業中、槙野の事ばかり考える。なぜ槙野はあんなに思いつめていたのか、なにが原因なのか…槙野は責任感が強い奴だ、だからすぐ放り出すようなヤツではない。なら何故槙野は何も言わず生徒会に顔を出さない?
槙野を朝電車で見かけることもあったし、一緒に登校するのが当たり前になっていた、なのにそれすらまるで無かったかのように姿を電車で見かけなくなったし、一緒に登校することも無くなった。
まるで俺から逃げるように。

(慕われていると、思っていたんだがな…)

俺の何がいけなかったんだろう…俺の何が槙野を追い詰めたんだろう…俺の何が、槙野を傷付けたんだろう…?

(槙野………)

なぁ、槙野…聞いたら答えくれるか?気持ちをぶちまけてくれるか?
俺じゃあ…お前を助けてやれないのだろうか?

(槙野……)

考えても答えなんか出なければ、答えてくれる人物は此処にいない。

(静流…)



気付いてやれなかったことが、分かってやれないことが悔しくて、でも聞いていいのかわからなくて……。
俺は、槙野のことを何も知らないのだと…こんなとき気付かされた。



****



生徒会に顔を出さなくなって5日経った、正直いうとこんなに顔を出さない予定じゃなかった。顔を出すタイミングが分からなくて、どうしたらいいのかわからなくて…市川に話し掛けられるのも怖くて、避けるように学校も過ごしてる。

(…市川には、ひどいことしてる…)

違う、市川だけじゃない。榊原にもひどいことしてる…何より、副会長にもひどいことしてると思う。
自覚してる、自分の我が儘でひどいことをしてる。

分からなくなった…榊原が生徒会に顔を出すようになった、良いことだと思う、俺が今までやってた榊原の仕事を本来やるべき人物がやってる、これも良いことだ。でも…

(俺は、生徒会に必要なのかな…)

自分の役職は分かってる、庶務だ。雑多な仕事をするのが庶務だ、色んな仕事をするのが庶務だ、分かってる…でも、仕事がない。仕事が貰えない庶務って何?

榊原が顔を出すようになって、榊原が今まで俺がしてきた榊原の仕事をこなすようになった、俺は今までこなしてきた仕事がなくなった、だから副会長に仕事を貰いに行った、そしたら「仕事はない」と言われた。その時胸がざわついた、疑問が浮かんだ、でもそんなことないって…認めたくなくて……だから次の日も副会長に仕事を貰いに行った。でもダメだった…副会長に「回す程の仕事はない」って言われた。分かってる、副会長はそういうつもりで言ったんじゃないって…でも俺には副会長に「お前に回すような仕事なんてない」って言われた気がした。

(なんだ…やっぱり……)


俺がいなくても生徒会は成り立つんだ。


榊原は書記の仕事がある、だって榊原は書記だもの。市川は会計の仕事がある、だって市川は会計だもの。会長は会長の仕事がある、副会長も副会長の仕事がある。
榊原にしかできない書記の仕事、市川にしかできない会計の仕事、会長にしかできない会長の仕事、副会長にしかできない副会長の仕事…俺は……庶務は…庶務にしかできない仕事があるわけじゃない。庶務はみんなが手を回せない余った仕事をやるんだ、でも仕事がないなら?余った仕事がないなら?庶務って必要なの?俺は必要?

(俺がいなくても生徒会はちゃんと成立して、回ってる。)

そうだ、何も変わらない。クラスだってそうだ、俺が居ても居なくても問題はない。
別に構わない、そういうものだ。人一人が居なくなったって時間が経てばそれが当たり前になる。生徒会でも同じじゃないか、何が嫌なんだ。

(人の居場所を代理で受け持って、そこを自分の居場所と勘違いして…)

拗ねてるだけ。
結局は自分の我が儘で、本来あるべき姿を受け入れられないだけ。
それで市川や榊原…副会長にひどいことしてる。八つ当たりだ、逃げてるだけだ。
でも悔しかった、自分の居場所がないと思った。自分が居なくても成立してしまう生徒会の中に居なくても構わない存在の自分がいるのが耐えられなかった。
市川には「用事で生徒会に行けない」なんて言ったけど用事なんてない。ただ周りが仕事をしているのに、仕事がなくて暇そうにしてる自分がそんな中にいるのが許せなかっただけ。

こんな事言えるわけもない、仕事がないなら俺は必要ないでしょ?なんて聞けるわけない。困らせるだけだし誰も悪くないんだから。
だから市川から副会長から逃げてる、朝電車で副会長と会えたら嬉しかったし一緒に登校することが当たり前みたいになったのも凄く嬉しかった。
でも今はそれすら怖くて、乗る車両も変えて乗る時間も一時間早くした。したのになんで………今俺は副会長も乗り換える駅のホームで副会長に腕を掴まれてるんだろう。

「………」
「槙野」
「…え…?」
「やっと見つけた」
「……な…んで…え?」
「あの時間から後の電車は確実に遅刻するからな、なら早めの電車だろうと考えた。数日この時間の電車に乗って槙野の姿を見かけないから1日ごとに車両を変えた」
「……………」
「やっと見つけた、槙野」

そう言われたと同時に、俺の腕を掴んでる副会長の手に更に力がこもったのがわかった。




****




やっとの思いで見つけた槙野の腕を離さないよう力を入れて、いざ聞こうと口を開いてもなんて言えばいいのか考えていなくて詰まった。
槙野は自分のことを話さない、聞いても深くは話さない。話しても表面上の事しか言わない。
そんな彼は、なんて言えば本音を言ってくれる?…わからない…

(ここでも俺は…っ!)

槙野のことを何一つ分かっていないのだと痛感した。目の前には申し訳無さそうにしている槙野がいて…違うんだ槙野、そうじゃないんだ…俺はただ…

「いい加減、逃げるのはやめないか槙野?」


追いかけっこは、やめにしよう?槙野…



「…俺って生徒会に必要ですか…?」
「え…?」
「…俺は、生徒会に…居なくても構わないんじゃないですか?」
「……」
「分かってます俺は庶務です。庶務は雑多な事務を仕事にするのが庶務です、その事務も会長や副会長・市川や榊原がこなしきれない事をやるのが俺です、でもみんな仕事をちゃんとこなしてる、それなら庶務って…俺って必要ですか?必要ないですよね?だってみんな仕事をこなしてる、こなしてたら俺に任せる仕事なんてない、仕事がない庶務ってなんですか?必要ですか?いらないじゃないですか、いらないならあの時なんでそう言ってくれなかったんですか!!」

感情が爆発したみたいにあの槙野が最後の方怒鳴るように言ってきた、それに驚いたけれど一番驚いたのはその内容。

(ああ…あの時なんで槙野にちゃんと伝えなかったんだろう…)

そうじゃないと、そんなつもりで仕事を回さなかったんじゃないと…、今言っても大した意味は無いのかもしれない。槙野には言い訳に聞こえるかもしれない、それでも伝えなければならない事はある。

「あの時…槙野に仕事を回さなかったのは槙野に少し楽をさせたかったからだ。槙野は榊原の仕事だけじゃなくて他の仕事もこなしてくれた、だから槙野には少し休憩してもらいたくて仕事を回さなかった。それが原因で槙野を追い詰めたのなら俺の責任だ、すまなかった…でも、一つだけハッキリと言わせてほしい……自分をいらないなんて言わないでくれ。」
「…答えになってないです」
「そうだな、なら答える。生徒会に庶務は…槙野は必要だ。仕事が回ってこなくて自分が要らないと思うならそうさせないようにするのも俺の仕事だ、よく聞け槙野…これは副会長の俺からの命令だ、命令だから拒否は認めない。」

息を静かに吐いて、しっかり目の前の槙野の目を見る。逸らさせないようにしっかりと、目を見られて視線を泳がせた槙野だが降参したのか諦めたように俺の目に視線を合わせる。それが嬉しくて頬が緩んだ。

「もし今後同じように仕事が無くても、ちゃんと生徒会に居て俺の隣に居ろ。」





****





槙野が生徒会に戻ってきて一週間、相変わらず槙野は俺に冷たい。それでも変わったことが一つある―…槙野が返事をしてくれる様になった。







柳と槙野と榊原



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