彼女との待ち合わせはいつも23時、使われなくなった廃墟ビルにて。このビルは元は小さな会社の事務所が集まるビルで、1年くらい前に飛行機の墜落事故でここらの建物は無残にも崩壊した。元々人気も少ないところで、長い間取り壊しもされず放置されたままなのである。まあ俺たちにとっちゃ誰にも邪魔されない最高の場所になったからいいんだけど。
 そのビルの2階から3階への踊り場に隣同士に座って、お喋りをして、0時にはお別れっていう短くてシンプルなデートコース。たった1時間だけど、俺にとっては一日の中で一番幸せな時間。

 そして今日もまた約束の時間に約束の場所へ行く。いつものことながら俺が行くと既に彼女は座っている。俺の姿を見てにっこり笑う彼女はなんとも美しい。まさに俺の天使!

「俺の天使って、きもっ」
「…黙ってれば天使なんだけどなあ。でもそんな照れ屋さんな君も大好き!どんなに口が悪くても俺は君を愛してる!」
「正臣は何回もそうゆうこと言うから軽い言葉に聞こえるよ」
「俺は愛の言葉も伝えちゃいけないのか!?そんな…そんな悲しいことって…」
「いや、もういいから早く座りなよ」

 彼女はぽんぽんと自分の隣の地面を叩いた。呆れたような冷めた言い方だけど、やっぱり綺麗に笑っている。結局は彼女も俺のことが大好きなのだ。いや、自惚れとかじゃないから、事実だから。だってほら、冷たい唇に優しくキスをすると顔を真っ赤にして大人しくなってしまう。

「…今のタイミングでするか、普通」
「ごめん、お前が可愛いからつい」
「またそうゆうこと言う」
「はは、照れんなって」

 隣に座って、彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら自分の肩に引き寄せる。彼女はこうやって頭を撫でられるのが好きだと言っていた。好きだって言ったとたん馬鹿の一つ覚えみたいにこればっかりなんだから、と文句を言われたこともあったが多分あれも照れ隠し。無論、俺もこうするのが好きだから仕方ないんだと言い返しておいた。そしたらじゃあ仕方ないかと笑っていたのをよく覚えている。
 他にも彼女との思い出はいっぱい、この脳みそに詰まっている。学校で習ったことなんて入る余地もないくらい。

「なに黙ってにやにやしてんの気持ち悪い」
「いやあ、俺って馬鹿だよなあ、と思いまして。え、気持ち悪いはなくない?今さらっと自然に付け加えたけど気持ち悪いはなくない?」
「分かってるならもっと真面目に授業受けなよ。もうすぐテストでしょ」
「うわ、いやなこと思い出させんなよ。そして俺の訴えは無視か」
「あ、園原さんとかに教えてもらえば?せっかく仲良くなれたんだから」
「そんなことしたらお前やきもち妬くだろー」
「妬かねーよにやにやすんな」
「ちょっとは気にして欲しいんだけどな…。うん、まああれだ。帝のこと応援してるから俺は。テスト勉強は二人っきりでさせてやるんだよ。うわ俺ってなんていい奴!」
「ああ、正臣の地元から転校して来た子だっけ。そっか園原さんのことが好きなのか、大人しいけど実は可愛いもんね」
「うんうん、スタイルもいいし」
「…」
「そんな目で見てたんだ、ってゆう目で見ないでください」
「わかった」
「だからって逸らさないでください」

 ご覧の通り彼女の俺に対する扱いは酷い。しかしこれもいつものこと。もう慣れてしまった。そしてこんなやりとりが楽しいとも思えるようになってしまったんだ。あ、言っとくけど俺マゾじゃないからね。

 こんなどうでもいい会話を一時間。時間が経つのは早いもので、すぐに終わりの時間は来てしまう。別れ際はいつも寂しそうに笑う君に、俺は甘いキスをひとつ落としてその場を去る。

「じゃあね」
「うん、また明日」

ああ、今日も別れの言葉は彼女と同じで悲しい笑顔でしか言えなかった。








 最後にキスをして、さよならをして、今日もまた彼との甘いひとときは終わってしまった。ひとり廃墟に残された私はぺたんと横になる。楽しい時間って、終わってしまうともの凄く虚しい。しばらくそのままぼーっとしていると、聞き慣れたバイク音が聞こえてきた。外に出るとバイクは入り口の前に止まっていて、丁度黒いライダースーツにヘルメットを被った女性がバイクから降りてくるところだった。首なしライダーと街で噂の彼女はセルティさんといって、私にとっての唯一の相談相手である。時々こうやって様子を見に来て話を聞いてくれるのだ。

『今日もあいつは来たのか』

 セルティさんはポケットから取り出したPDAにそう打ち込み、画面を見せた。来たよ、いっぱいお喋りして、やっぱり楽しかった。言うと彼女はそうかよかったなと優しい言葉をかけてくれる。優しくされればされるほど、罪悪感は感じやすくなるものだ。私はその場にしゃがみこんだ。きっと彼女は心配そうに私を見つめてくれている。

 本当は分かってるんだ、このままじゃ駄目だって。私がここに来ちゃいけないんだって。私が正臣の前から消えない限り正臣はずっと私のこと忘れられないから。…だけど会いたいの。私のこと忘れて欲しくないの。ずっと、ずっと一緒にいたいって思っちゃう。でも、ちゃんと言うよ私。絶対、言ってやるから。

 言い終わる頃にはセルティさんに抱きしめられていて、涙も流れていた。お気に入りのライダースーツ、私の涙なんかで汚しちゃってごめんなさい。そんな声も出なくて、その夜はひたすら泣いた。

 そういえば、明日であの事故から丁度1年になる。









 今日も例のごとくいつもの時間に彼女とのお喋りを楽しんでいる。よくこう毎日話が尽きないよなあ。まあ主に俺が自分の話をしてるんだけど。結構刺激的な毎日送ってんだな、俺。

「毎日楽しそうだね」
「まあなー。でもお前といる時の方が楽しいから、いやまじで!」
「…あのさ、正臣」

 急に深刻そうに言う彼女。さっきまでの明るい雰囲気は一変にして重たい空気へと変わってしまった。何を言われるのかは分からない。けど言われて嬉しいことでないのは確かだ。

「今日で、最後にしようと思うの」
「…は?」
「ほら、丁度1年経ったじゃない。区切りもいいかなって、」
「…本気で言ってんのかよ」

 少し強めに言うと、こくんと小さく頷いた。そんな訳ない、本気と言い張ろうが、本当はそうしたくないと思ってるはずなんだ。

「だから正臣も早くいい人見つけてさ、私のことは一つの思い出として覚えててくれればそれでいいから」
「そんなこと、できない」
「できるよ、大丈夫」
「お前を思い出にするなんて、俺には、」
「じゃあどうするって言うのよ!」

 普段あまり聞くことのない、彼女の荒い声。一瞬びくついてしまったのは俺が情けないんじゃなくて、本当に吃驚するくらい珍しいことだから。

「ずっと私のこと好きでいても、私は幸せだけど、正臣は幸せにはなれない。結婚なんてできないし、キスもまともにできないんだから」
「できるよ」
「そんなはずない、私は誰にも見えないし誰にも触れない」
「触れるってば」

 そう言って右手で彼女の頬に優しく触れた。フリなんかじゃない、冷たくても俺にはしっかりとした感触が伝わってくる。彼女の目から流れる涙が俺の手に伝うのも分かる。

「そのはずなのに、正臣は人間なのに、なんで触れるの…」
「好きだからだよ、きっと」
「私だって正臣が好き。だから、…幸せになってほしい」
「…じゃあ、俺も連れてって」
「駄目、連れてけない」
「頼むから…、!」

 彼女の身体が透けていく。ああ、もう時間を過ぎてしまったんだ。

「じゃあ、元気でね、正臣」
「おい、待てよ!」

 必死で彼女の名前を呼んだけど返事はなく、1人ぽつんと残されてしまった。こんなことされたって俺は幸せになんかなれないよ。たった1時間だって、お前と一緒にいられるのが一番幸せなんだ。








 あれから1年が過ぎたが、私は一度もあの廃虚に行ってない。自分でもよく我慢したと思う。だから今日だけは許してほしい。ちょっと見に行くだけでいい、あの場所に座って、彼との思い出に浸りたいだけ。正臣だってもう来てない、来てるはずなんか、ない。

「今日はさ、また3人で帰ったんだけど、俺は気を利かせて途中で抜けてやったんだ。けど絶対なんの進展もないぜーあいつら。全くいつになったらくっつくんだか」

 そう思ってたのに、小さなビルに響くのは懐かしいあの声。なんで、どうしているの。

「…俺、お前以外の人好きになるとか無理だ。お前とじゃないと楽しくないし、付き合いたいとかも思わねえ。…だから、早く戻ってきてくれよ、」

 私の名前を呼ぶ、酷く弱々しい声が、すごく愛おしい。やっぱり私は来てはいけなかった、我慢してでも来るべきでなかったと、気づいた時にはもう遅かったんだ。




100910
実は1年前の事故で死んでいたというオチでした。曖昧な書き方ですみません。

企画「少女と心臓」へ提出