高校生になったら部活かバイトに打ち込んで空いてる日には友達と遊びに行ったりして勉強はテスト前だけ。そんな高校生活を夢見ていたが、実際は中学の頃から通っていた塾の高等部に引き続き通わされている。授業は週二日で遊べないこともなかったが、夏休みや冬休みなどの講習はみっちり授業が入っていたし、学校の課題を終わらせるのが精一杯で思う存分休みを満喫できなかった。生徒も少ない個人塾だけどそういうところはしっかりしている。 それでも二年間通い続けられたのは一つ上に財前くんがいたからだ。中学生の時から目立っていた彼は高校受験の時、つまり私が中学二年生の時にこの塾に入ってきた。中学一年生から通っている私にしてみれば一応後輩になる。同じ中学にいたし目立った人だから知ってはいたけれど、話すことはなかったし、というより不良のイメージがあって怖かったので近づかないようにしていた。しかし私が高等部になると高校生合同の授業があったのでなんとなく話すようになって、いつのまにか分からないところを教えてもらったりたまに一緒に帰ったりという仲にまでなっていた。そしていつのまにか好きになっていたのだと思う。だから受験生でもないのに自習に行ったりもしていた。おかげで勉強熱心だと思われていただろうが実のところそんなに勉強が好きではないので両親や先生には少し申し訳ない気がする。 私が三年生になる時には財前くんは志望の大学に合格しているので当然塾は卒業する。私は今年が受験で今までより頑張らなければならない時なのに、塾へ行く楽しみがなくなるのですごく憂鬱な気分だった。しかし急に自習に行かなくなると両親や先生の期待を裏切るようだし、何より財前くんから俺と同じ大学行くんやったらお前はアホやねんから俺より頑張らなあかんでってちょっと意地悪いけれど財前くんらしいお言葉を頂戴したので頑張るしかない。 しかしそれと同時に先生を卒業する先生がいた。今までバイトで高校生の数学を担当していた先生で、今年大学を卒業して就職するからということであった。そこで新しいバイトの先生が来ることになったのだが、ほとんどみんなが知ってる人だと塾長が言っていたので多分ここの卒業生なんだろう。それなら面接なしということも納得がいく。しかし知ってる人なら教えてくれたっていいのに、それはお楽しみだとか言って生徒には教えてくれなかった。なんやねんこのおっさんとか思ったことは絶対に言わない。
そして隠されたまま今日がその新任先生の初授業となる。ちなみにこの塾の高等部は基本的に文系が多く数学の授業なんかは国公立を目指す人か数少ない理系の人くらいしか受けないので私を含め三人。一応補足しておくが高校生が全体で十人で三年生が六人だから元々生徒が少ないのである。そして私以外は男の子ばかり。まあ数学だから仕方ない。私は財前くんと同じ国公立の大学に行くために数学が必要なんやから我慢して頑張るんや、と気を引き締めていると静かな教室のドアが開いた。見上げてみるとまさにさっき考えていた財前くんがいる。なんで。
「えー、今日から数学担当します財前です。ってみんな知ってるか」
生徒みんなが驚いている。そりゃそうだ。この前卒業したばかりの生徒が先生だといってスーツを着ているのだから。ぽかんと開いた口を直せないでいるとお前何ちゅう顔してんねんほんまに女の子か?と言われてしまった。先生が生徒にそんな酷いこと言っていいものか。いやあかんやろ。
「ちょっと失礼ですわ財前くん!」 「財前先生、やろ?」
そう言って謝ることはせずに授業を始めた。悔しいがやはり新任にしては教え方が上手い。馬鹿な私にでも理解できるくらい説明が丁寧だ。しかし結局馬鹿な私がたった90分で完全に理解できるはずもないので塾が閉まるまで残ることにした。もちろん財前くん、いや間違えた、財前先生に教えてもらおうという魂胆である。自習の前にまずは休憩と外に行くと財前先生もコーヒーを手に出てきたので一緒に話したりなんかしちゃって。幸せすぎる。
「しかし財前先生、初めてにしては教え方上手いですね。」 「生徒の時からお前みたいなアホに教えなあかんかったからなあ。」 「えっじゃあ私のおかげですか!」 「喜ぶな、自分のアホさ加減を恥じろ。」 「でも私がアホじゃなかったらそんな上手なってないんですよね、感謝してほしいですわ。」 「調子乗んな。休憩ばっかしてんと勉強しろ受験生。」 「う、じゃあ頑張ってきます…。またわからんとこ聞きたいんで先生も早よ戻ってきてくださいよ。」 「わかったわかった。」
適当な返事なので信用はできないが、勉強しろと言われてしまったので素直に中に戻って勉強を再開した。再開して数分でわからなくなってしまって悶えていると財前先生が戻ってきた。グッドタイミング。
「もうあかんのか、早いぞお前。」 「た、助けてください。」 「どれどれ。」
問題と私の回答(途中)を見せると財前先生はふむふむと言うように少し目を通しただけで、それはすぐに私の机へ戻された。
「式変形するときにミスってるから計算できんくなってるだけやん。ほらここ。」 「あっほんまや!えっとじゃあここがこうなって、こうで…うわめっちゃ簡単!しかも綺麗な答え!」 「まあその辺の問題は絶対綺麗に解けるようになってるからな。」 「先生すごいっすね!」 「いやさすがに今のはお前がアホなだけやから。ケアレスミスは勿体無いで。」 「こ、今後気をつけます。」 「先生ー、俺もここ教えてください。」 「はいはーい。」
男の子に呼ばれて先生は行ってしまった。今度は私みたいにただのケアレスミスじゃなくてもっと複雑に解説してる。やっぱ頭ええんやなあ、私以外の生徒は。それより教えてる財前くん格好良すぎるわ。できる大人の男って感じ。この前は高校生やった財前くんが先生とか笑えるけど結構きゅんきゅんする。あ、なんか先生のこと好きとかあかんことしてるみたいでドキドキしてきた。 そんな雑念だらけのまま財前先生を見つめていたことに気づき慌てて机に向き直った。さあ、勉強勉強。頑張っていれば財前先生と帰れるかもしれない11時はもうすぐそこ。
11時少し前になると鍵締め当番の先生がそろそろ閉めるから帰れよーと言ってみんながさっさと帰る用意をし始めたので私も鞄にノートやら筆箱やらを詰め込む。しかしゆっくりと。そうしている間に他の生徒は友達とわいわいがやがや楽しそうに帰って行って、残っているのは鍵閉め先生と財前先生と私の三人だけ。鍵を閉めるとその先生はじゃあ気をつけてと軽い挨拶をして帰って行った。これで塾の前には財前先生と私だけ。見事に作戦成功だ。するとにやりと意地悪そうに笑う財前先生の口元が視界の隅にちらついた気がした。そしてすぐに声が聞こえる。
「わざわざそんなんせんでも一緒に帰ったげるがな。」 「えっ!」 「こうなると思ってわざとゆっくりしてたやろ。」 「なななな何をおっしゃいますか。」 「なんやねんわざととか可愛いことするやん。」 「か、かかかか…!」 「ほら、チャリ取りに行くで。」
余裕たっぷりの意地悪な笑みは私を嘲笑っているようで(というか確実に嘲笑っていて)少々腹立たしかったがやはり格好良い。とりあえず冷静になろうと静かに財前先生の後を着いて歩いた。私が自転車の鍵を差し込んだところで、既に準備が出来て私を待っている財前先生がなあ、と口を開いた。
「俺おるときは、数学だけじゃなくてもわからんとこあったら教えたるし、授業しっかり聞いて自習も頑張ってたら一緒に帰ったるからさ、ちゃんと勉強して、絶対俺のとこ来いよ。」
「俺のとこ」とは「俺の行ってる大学」ということだろう。分かってはいるが、告白されたみたいで勘違いしてしまいそうだ。でも、今日みたいな日が続くのならっていうのに加えて、そういう未来が待っているのならって思うと更に頑張ろうという気持ちになれる。だからちょっとぐらい勘違いしてたって、期待してたって、いいよね。
「頑張ります!」
100320
企画:睡眠不足
塾の設定は私の行ってたところを模範にしてるので説明が細かくなりすぎましたごめんなさい。
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