私は白蘭さんが苦手だ。というか少し軽蔑さえしてる。世界征服なんか企んで酷いことばかりして、どうかしてると思う。じゃあなんで私がここにいるのかって、そりゃあ、ユニ様がいるからだよ。そうじゃなかったらこんなとことっくに抜け出してる。
そんな風なことを入江くんに言ったら、そんなこと絶対白蘭さんに言っちゃ駄目だよと言われたけれど、そんなこと言えるわけがない。だって怖いから。実際私は白蘭さんと話すときはびくびくして目を見ることすらできない小心者だ。ミルフィオーレにいるのだって、もちろんユニ様のことが一番の理由だけど、正直言って抜けるのが怖いからというのが二つ目の理由だ。だからこうして入江くんに愚痴を溢すことしかできないでいる。自分の小心さに溜め息をついて入江くんの部屋を出ると頭の上の方から声がした。

「正チャンと何喋ってたのかなー?」
「わっ、白蘭さん!い、いえ別に大した話では…!」
「ふーん、気になるなあ」

ふふふと優しく笑う白蘭さんが怖くて仕方がなかった。あなたの愚痴を溢していたんですよ、などとは死んでも言えない。言ったらどうなるのだろう。考えるだけで怖くなった。

「もしかして正チャンとうふふな関係だったり…」
「ち、違います!入江くんとは出身地が一緒だから日本人仲間というか、つまりただの友達で、」
「あはは、冗談だよ。慌てちゃって可愛いね」

いやだって入江くんとうふふな関係だと思われたら入江くんにも迷惑だろうし。というかうふふな関係ってなんだ。

「それでは失礼します」

早く逃げ出したいという思いから、私は精一杯の作り笑顔をして即座に立ち去ろうとしたのだけれど、それは叶わなかった。

「ちょっと待ってよ。君に用があったんだ」
「なっなんでしょう」
「君、今日から僕の直属になったから」

にっこりと彼は優しく笑う。それに対して私は青ざめる。

「何、いやなの?」
「いいいいえそうではなくて!お、畏れ多くて私などには…どうして私なんかが、」
「君はね、僕が直接教育することにしたんだ」

一体私は何をやらかしたのだろうか。白蘭さんの部下になってから今まで下々の者として平凡に大人しく目立たないように生きてきたつもりである。もちろん怒られるのが恐ろしいので仕事もいつも完璧にこなしてきた。思い返してみれば私はよく話しかけられる方だったが、ボロが出ないように愛想良く振る舞ってきたつもりだ。失礼な態度など取った覚えはない。その私が、何故。

「ちなみに君に拒否権はないよ。上司命令だからね」

また穏やかに笑う彼の笑顔に恐怖する。もう私の人生は終わりだ。きっとどうしようもない。力を無くした私の体を白蘭さんはずるずると引きずり、彼の部屋へと運んで行った。

「あの、私はここで何をすれば…」
「まあ普通に生活してくれればいいよ」
「えっと、」
「その代わり、この部屋からは出られないからね」
「え」
「ああでも、ここならトイレもお風呂もあるから大丈夫」

そういう問題じゃあないでしょう。何度も言うが私は下々の者としてごく平凡に目立たないように過ごして来たのに何故こんな仕打ちを受けなければならないのだろう。全くもって納得のいかないことばかりだ。だからといって、反論などできるはずもない。とりあえずどうしてですかと聞いてみると驚くべき答えが返ってきて、結局私はまた心の中で嘆くことになる。

「ブラックスペルの人たちが僕を嫌いなのは分かってるんだけどさ、君は特別気になるんだよね」
「わ、私はその様に思ったりは、」
「だって君いくら僕がアタックしても軽くあしらうんだもん。だから徹底的に僕色に染めるのが面白いかなって」
「…何ですかその変態チックな独占欲。そういうのは好きな人だけにしてください」
「好きな人だからそう思っちゃうんだよ」
「白蘭さんって女たらしだったんですか…」
「今は君一筋だよ」
「いやもうそれたらしの言うことですよね、ますます信じられません」
「だからたらしじゃないってば」

そう言って白蘭さんは楽しそうにケラケラと笑う。もちろん私は断じて楽しくなんかない。ひたすらドアに背をぴったり貼り付けている私に近づいて、にっこりと最上級の笑顔を向けた白蘭さんの顔は確かにとびっきり綺麗なんだけど。そりゃ普通の女の子なら喜ぶべき状況だけど、私は。

「まあどうやっても逃げられないんだから、今日から楽しもうよ、2人っきりでさ」
「い……」

嫌だ!


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