今日はなんだか泉くんが怒っている気がするので私はびくびくして話しかける勇気が出ません。泉くんも私に話しかけてくれそうにありません。もしかしすると、いや確実に、昨日の事で怒っているみたいです。私はとりあえず弁解とともに謝罪をしようと決めました。泉くん。恐る恐る声を掛けると何?と普通の返事が返ってきます。
「あの、昨日…実はちょっと楽しみにしてましたごめんなさい。でも泉くんに勉強教えてもらいたかったのは本当だから、泉くんをだしにした訳じゃないからね。だから、」
だから機嫌直して。言う前に泉くんは笑いました。
「そんなびびんなくても、別に俺怒ってないから」 「本当に?怒ってない?」 「なんで怒ることがあるんだよ」 「よかったあ…」
どうやら泉くんはいつも通りのようで、機嫌が悪く見えたといったら気にしすぎでそう思い込んだんだと言われました。とにかく泉くんが怒っていないということに安心して私の体はふにゃふにゃと机の上に崩れました。 次の話題を話そうとまた泉くんの方に目を向けると、泉くんが私の向こうを見ていたので私も後ろを振り返ってみました。すると私たちのところに向かって来る浜田くんが見えたので、泉くんが見ていたのは教室に入ってくる浜田くんだったのだと分かりました。何やら浜田くんはすごく機嫌がいいみたいです。
「おはよーお二人さん!」 「お、おはよう!」 「浜田、何で昨日帰ったんだよ」 「ごめん!そのことだけどさ、実は…」
浜田くんは嬉しそうに話し出しました。さっき教室の入り口まで一緒に歩いてきた女の子がいたらしいのだけど、実は前々からその子のことが気になっていたのだと言います。昨日はその子に呼び出されたので泉くんには今日無理になったとだけ告げて約束の場所へ行き、期待通り告白されたので即行で俺もと答え一緒に帰ったのだそうです。つまり浜田くんとその子は付き合うことになったのだということでした。
「なんだよ泉、おめでとうとかないのかよ」 「…」 「お、おめでとう浜田くん!」 「ありがとー!ほら泉も」 「テンションがうざいからかあっち行け」 「お前先輩に対しての態度酷くない?」
苦笑いしてそう言った後、浜田くんは潔く三橋くんの所へ行きました。
「悪い、俺が聞いたから」 「そんな、全然泉くんのせいじゃないよ。それに事実は受け止めないと」 「意外に大人なんだな」 「意外にってのが余計だよ」 「だって精神年齢5歳くらいだと思ってたから」 「低すぎ!そんな訳ないでしょ」
本当はすごくすごく悲しかったけれどあんなに嬉しそうな浜田くんを見ていると諦める以外にどうしようもないということは分かりました。それに、別に奇麗事を言いたい訳ではありませんが、浜田くんが幸せならいいと思えたのです。所詮その程度のことだったのでしょう。憧れや何かと勘違いしたのです。きっとそうに違いありません。だからこうして泉くんと騒いでいるだけで楽しくて、浜田くんのことは少し忘れられたような気がしました。 泉くんは私を気遣ってか、今日の放課後に勉強を教えてくれると言うので、私はお言葉に甘えることにしました。1日で飽きたのか今日は教室に残っている人は一人もいなかったので昨日食べずに置いていたお菓子を今日は食べてもいいと許可されました。
「昨日は結局勉強できなかったよ」 「…悪かったな」 「え!いや、悪いのは紛れもなく勉強しなかった私だし」 「そうじゃなくて、昨日俺ちょっと態度悪かったなって」 「そう?」 「そう。お前が浜田目当てって分かったからちょっとむかついてさ」 「ごめんなさい…!」 「…多分勘違いしてんだろうけど、そうゆう理由でむかついたんじゃないから」 「えええじゃあ何にむかついたの、私なにしたの、とりあえずごめんなさい」 「とにかくお前が謝ることではないんだけど」 「益々わからなくなってきた。ギブアップ。教えてください」
人を腹立たせて謝らなくていいことなどあるのでしょうか。いや泉くんはそう言ってくれているだけで、恐らく私が悪いことに変わりはないのだと思います。これは聞いておかない訳にはいきません。しかし泉くんは下を向いたままなかなか口を開こうとしなかったのでやっぱりまだ怒っているのだと私は不安になりました。
「…じゃあ、言うけど」 「はい、どうぞ!」
その後も暫しの沈黙があり、これは嵐の前の静けさだそろそろ怒りが爆発するんだと少し泣きそうになった所で泉くんが口を開きました。
「まず隣の席になったのが嬉しくて、やっと仲良くなって、勉強教えてって言われるまでになって、でも二人だとお前は嫌かなって思ったから浜田と三人にしたのに、何かお前は浜田が好きみたいだし。だから実を言うと…むかついたって言うより拗ねてたんだけど」
泉くんがこんなにぺらぺら話すのは珍しいなんて思いながら聞いていました。ただただ泉くんの大きな目を見つめながら考えていたのに、未だに理解はできません。というより、有り得ない答えしか思いつかないのです。 気づけば私のすぐ目の前に泉くんがいました。うわあ目が大きくて可愛い、なんて感心している一瞬のうちにだらしなくぽかんと開いていた私の口は塞がれました。
「ごめん。傷心のところを付け入るつもりはなかったんだけど、我慢できなかった」
そこにいつもの余裕たっぷりな泉くんはいませんでした。夕陽に照らされたその真剣な表情に思わず色っぽいなんて思ってしまいましたが、そんな目で泉くんを見ている自分が恥ずかしくて、すぐに目をそらしました。
「お前が好きだ。だからいつか俺を好きになったら俺と付き合え」
ここまできてやっと、私は答えに辿り着くことができたのです。
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title:花洩
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