ついに席替の時期がやってきました。私は今まで仲のいい女の子が必ずすぐ近くにいてなにも不満をいうことのない席にいました。それでも欲張りな私は、今度こそ浜田くんの近くの席がいいなんて思っています。

そんな欲張りな私にはやはり天罰が下りました。
周りは話したこともない男の子だらけで、浜田くんは私より後ろのほうの席で三橋くんと楽しそうに話しています。しかも私の隣の席は泉くんでした。何故か浜田くんに対する態度が厳しいので、私は勝手ながら泉くんが苦手なのです。

ある時私は教科書を忘れてしまいました。いつもならそのままでも支障はなかったのですが運悪く当てられてしまったのです。誰に借りようかときょろきょろしているとお隣から教科書を持った手が差し出されました。

「ほら、早く読めば」
「う、あ、ありがとう」

泉くんは私が思っていたよりいい人でした。今まで私は勝手な思い違いをしていたようです。

「おい聞いてんのか」
「えっ、はい、なんでしょう?」
「なんでしょう、じゃねえよ。教科書、ずっと持ってられると俺が困るんだけど」
「ああそっか!ごめんね、はいこれありがとうございました」
「…そうじゃなくて」

泉くんは手を静かに伸ばして私の机を引っ張りました。私はとりあえず立ち上がってそれに合わせて椅子を動かします。あれっ、もしかしてこれって。

「教科書なしでどうやって授業受けるつもりだよ」
「いや、いっそのこと寝てしまおうかなって」
「周り見てみろ、皆近くの奴に見せてもらってるだろ」

確かに何人かが机を横に動かして教科書を真ん中に置いているのを見付けました。うちのクラスは比較的真面目な生徒が多いようです。中でも泉くんは特に真面目です。

「…」
「田島は、別だ」

一人すやすやと眠る男の子を見付けると、それに気付いた泉くんはそう言いました。見放されたようで田島くんが可哀想だと思いましたが、泉くん曰く、テスト前に三橋くん共々野球部の天才くんが教えるので大丈夫だそうです。野球部は皆仲間想いです。

「お前も相当やばいみたいだな」
「あれ、何で知ってるの」
「いつも自分で点数言ってるし」
「そういえば!」
「やっぱ馬鹿なんだな」

見下したように笑う泉くんがちょっぴり嫌な奴に見えたのでちょっぴりむかっとした私はうるさいと返しておきました。結局のところ早くも泉くんは私の苦手な人ではなくなったのです。

それからよく話すようになって、私は泉くんと仲良しになりました。仲良くなったという訳で、お馬鹿な私は秀才の泉くんにお勉強を教えてもらうことにしました。一週間後にはテストが始まるのです。

「今日は野球部のメンバーで三橋の家行くけど。明日なら放課後残って浜田と勉強してるからお前も残れば」
「ええっじゃあ浜田くんとも一緒に勉強するの」
「お前らそれなりに喋ってるし別にいいだろ」
「けどそこまで親しくないし、」
「なに、そんなに嫌なの?」

泉くんの問い掛けに私はぶんぶんと首を横に振りました。だってだって嫌な訳は絶対にありません。泉くんは変な生き物を見る目で私を見ていましたが、そんなこと気にならないくらいすごく舞い上がっていました。だって浜田くんと一緒に勉強できるなんて!勉強をすることがこんなに楽しみに思えたのは初めてです。

そして待ちに待った約束の日がやって来ました。待ちに待った、といってもたった一日待っただけなのですが。うきうきしながら学校に来る途中にコンビニで買ったお菓子を手に持ってさあ泉くん勉強を始めようと意気込んだら泉くんに怒られました。図書室は飲食禁止なんだそうです。

「図書室でするの?教室は駄目?」
「教室は勉強以外の目的で残る奴がいるから邪魔なんだよ」
「き、聞こえるよっ」
「話に夢中で聞こえてねえって」

泉くんが目線で示した方には、ノートを開きながらそれを無視して笑い合う生徒が何人かいました。確かに皆気にしていないみたいです。

「でも、せっかく、これ…」

中身の詰まったビニール袋をじっと見つめるていると泉くんは仕方ないといった風に溜め息を吐きました。

「俺ん家…」
「いいの?」
「でも浜田は今日残れないって帰ったから、」
「ええ嘘!そういえばさっきからいないなあって…用事でもできたの?それともやっぱり私がいるから嫌だったのかな、」
「…やっぱ浜田目当てだったんだ」

そう言う泉くんは少し機嫌の悪そうな顔をしていました。他の子と勉強したいがために自分がだしにされたと知ったのです、いい気分なはずはありません。しかし楽しみにはしていたものの、私は純粋に泉くんに勉強を教えて欲しかったからお願いした訳なので、そこまで誤解されては困ります。

「違うよ!そういう訳じゃ、」
「今度また浜田も誘っとくからさ、今日は中止ってことで」
「だから…って、帰っちゃうの?」

教室を出て行く後ろ姿に急いで問いかけるとじゃあなと返ってきました。なんだかちゃんとした答えになってないです泉くん。