ぱしん。なんともいい音が隣でぱちぱちと燃える焼却炉の音より大きく響いた。目の前の女は雅治の嘘つき!なんて吐き棄てた後、泣き顔を手で覆って走って行く。俺もひりひりと痛む左の頬をさすりながら角を曲がると両手でごみ箱を抱えた同じクラスの女の子がいた。その子は「あ、ごめん」と軽く謝っただけで、すぐに何事もなかったかのように焼却炉までごみを運ぶ。
「いい音鳴っとったじゃろ」 「…噂通りだね」 「ほっぺたの音か?」 「違うよ。女の子泣かせだって」 「女の子が寄ってくるんじゃき、仕方ないぜよ」 「だからって、浮気は駄目だと思うよ」
浮気?誤解じゃ。この様子じゃ他の奴らも誤解しとるんじゃろうけど、俺は浮気なんてしとらん。その前に、誰とも付き合ってないからしようがない。ちょっと仲良くなってちょっと遊んだりしただけで女が勝手に彼女と思い込んどるだけぜよ。だから俺は何にもしとらんのに勝手に付き合っとることにされて、勝手にひっぱたかれて、実は可哀想な男なんじゃ。
そう弁解をすると彼女は軽蔑の眼差しで俺を見ながらあんたいつか刺されるよと冷たく警告をしてから歩いて行った。教室にいる時から知ってたけど、あいつは珍しく俺のことが嫌いな部類の人間らしい。
それから俺はなんとなく女の子と仲良くする気になれなくて、仁王に本気の彼女が出来たなんて適当な噂が流れた。女の子たちも気を遣ってか前みたいにこびてくることがなくなった。いや、彼女なんて出来とらんし、好きな女も出来とらん。なんかあの時のあいつの態度がちょっと頭にきたから。直接聞いてくる奴が未だにいないので特に言い訳をする機会がなかったが、まあ被害も少なくなったからこのまま誤解されるのも悪くないか。
「仁王、彼女できたんだってね」 「お前さんまで信じとるんか、その噂」 「違うの?」 「変わったのはお前さんのおかげぜよ」
胡散臭い笑顔で言うと彼女はぽかんと口を開けて驚いた。うわ、面白い顔しとる。
「お前さんの態度にちょっとむかついたから」 「ああ、なんだそうゆうこと」 「どうゆうことだと思ったんじゃ?」 「、別に何とも思ってない!」 「照れ隠しか、かわええのう」 「違うってば、」
真っ赤な顔で必死に言い返してくる。いつもクールを気取ってるこいつが取り乱すなんてこんなに面白いことはない。楽しむ俺を悔しそうに睨む。
「むかついたか?」 「やっぱ仁王最低」 「おー最低で結構じゃ」 「…むかつく」 「だってお前さん面白いんじゃもん」 「…まあ、実は照れ隠しなんだけどね」 「え、」
軽蔑しているようでも悔しそうでもない目が俺を捕えて動かない。そのまま、綺麗な唇が悪戯に弧を描き、小さく開いた。
「嘘だよ」
綺麗な髪をなびかせて教室から出ていくまで、彼女の魔法は解けなかった。まさか詐欺師と呼ばれるこの俺が一瞬でも騙されるなんて。やっと息を取り戻した俺は真っ先に口を動かした。
「、待ちんしゃい!」
教室から飛び出て、静かな廊下を一人歩く彼女の細い腕を掴んだ。
さっきの言葉、嘘にさせる訳にはいかんぜよ。
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