※現代パロ



「行けなくなった?」

左手で電話を支え、もう片方の手で車のドアを開ける。運転席に座ったものの、まだ出れそうにない。電話の相手はまさに今迎えに行こうとしている人だ。

『というか、遅くなるからレストランは無理かな、と』
「残業か」
『みんな帰っちゃって、あたししかやる人がいないんだ。明日の会議で絶対必要な資料なのにさ、みんな薄情だよね』
「君は責任感が強いな」
『う、ごめんなさい』
「誉めたつもりなんだが…で、何時に出れそうなんだ」
『8時半ぐらいかなあ、やっぱり予約っていっぱいだよね』
「20分ほどで次の客が来るだろうな」
『ご、ごめん』
「いや、初めからこうなることも想定してもう少し遅くに予約を入れるべきだった」
『まあそれもそうか』
「…前言撤回だ」
『嘘だって!…ほんとごめん。なるべく早く帰れるようにするからさ』

本来ならレストランで上品にフランス料理などを食べようかと思っていたのだが、こうなれば仕方がない。夕食は俺の家でとることになった。

『あ、そうだ、お詫びとして私がごはん作るよ』
「い、いや、俺に作らせてくれ」
『えーなんで?遠慮しなくていいのに』
「今日は君の、誕生日だろう」
『じゃあ…お願いしようかな、ありがとう』

本当は君の作るものは食べ物ではないからだ、と言いたかった。余談ではあるが、はっきり言うと彼女は料理が下手である。俺は彼女の作るものを何度も食べ(させられ)てきたがなかなか腕は上がらない。しかも自覚がないのが恐ろしい。何故これで一人暮らしができるのかと常々疑問に思う。結婚後は料理だけは俺がしようと既に心に決めてもいた。

「いい匂いがするー」

車で彼女を拾ってから家に着くと、作って置いた夕食の香りが玄関まで届いていた。まだ冷めていないようだが、仕事を終えたばかりの彼女は少し疲れているようだった。

「疲れているなら先に風呂にするか?食事が先でもいいが」
「それとも俺にする?うんじゃあ忍人で!」
「…」
「ごめんごめん冗談だってばそんな怖い顔しないでよ」

本当に彼女は社会人なのだろうか。