「どーしたん」
卒業式が終わったその日の夕方、白石から電話がかかってきた。いや別に気にせんでいいことかもしらんのやけど、と言う白石にじゃあかけてくんなとは言わなかった。
『あいつが、さ、泣いてた』 「…そりゃ卒業やし、あいつやったら泣くんちゃん」 『んー、それが何かちゃうかったような…お前、なんも知らん?』 「知ら、…あ、今日卒業式終わったら皆でぱーっとしたいとか言うてたけど」 『それ!…か?まあええわ。ちょい気になっただけやから』
じゃ、と白石はあっさり電話を切った。あいつ、そんなんで泣くかなあ、卒業式中も笑ってたけどなあ。気になった俺は、とりあえず様子を見てこようと階段を降りる。玄関の戸を開ける前に、リビングから両親の静かな話し声が聞こえた。
「今日、行くねんでな」 「手術、いけるかな、心配やわあ…」 「やっぱ謙也にも言うた方が、」 「…でもお父さん、あの子なりに謙也のこと考えてくれてんやから」
すぐに意味は呑み込めなかった。話に頻繁に出てくるのは今会いに行こうとしていたあいつの名前。行くってどこに?手術、って?
「どうゆうこと」 「け、謙也!いや、あの、」 「…よう聞け謙也、今日な、」 「お父さん!」 「お前にはやっぱり話しとかなあかん」
母もそれ以上は父を止めず、父は静かに話し始めた。元々弱かったあいつの心臓が手術が必要なほど悪くなってきていたこと、その手術はアメリカでしか受けられないこと、その成功率、すなわち生存率は極めて低いこと、そしてあと30分もしないうちにアメリカ行きの飛行機が出発するということ。あと、あいつがそれを俺たちには絶対に言わないでほしいといったこと。俺は何も考えずただ走った。
ああ、昨日あんなこと言ったのは、今日泣いたのは、こうゆうことやってんな。何で、何で言えへんかってん。受験やからとか、そんなんお前が気にすることちゃうやろ。お前が死ぬとは思ってないけど、絶対そんなわけないけど、行く前に一言言わな気が済まん。帰って来てまた皆で笑いあって、そんで、そんで、…とにかく勝手に行くなんて許されへん。
息ももたなくなり立ち止まって、ここまできたがどうしよう俺は財布も持たずに家を出たからバスもタクシーも使えないどうしよう間に合わない、と考え出したところで後ろから聞きなれたクラクションの音が聞こえた。そういえば父が家を出る寸前に待てとか言ってたような気がする。俺は大人しく乗せてもらうことにしたが、動かずにいるのがもどかしくて車の中では苛々して仕方がなかった。
「よし、行け」 「ありがとう!」
車から飛び出るように降りて自動ドアにもぶつかる勢いで走った。空港は構造がややこしくて困る。どこがどうだか全くわからない。ひたすら走り回っていると大きな窓から見えたのは滑走路を走っている飛行機。電工掲示板を見れば次のアメリカ行きの飛行機はもう何時間も後しかなかった。
090309
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