薄暗い夜中に男と女が二人、向かい合う。二人以外に人気は全くない。男は矢を引き、その正面に女はじっと立つ。その間わずか十メートル。

「お前は信長様を裏切ったんだ、蘭丸が裁いてやる」

そう言って冷たい目で私を見る彼に、私も冷静に、うん、と返事をした。だって逃げたって軍はあちこちにいる。無駄にあがいても仕方がないの。それにあなたの手で葬ってもらえるなら何も文句はない。

「っ、なんでだよ!抵抗しろよ!いやだって、死にたくないって言えよ!!蘭丸はお前のこと殺すのなんて、」

「蘭丸、」

それ以上いってはだめ、そういう意味をこめた制止の呼びかけ。冷酷な男を演じようとしていた彼の表情はもう歪んでしまっている。今にも言葉が溢れてきそうなのを、必死にこらえているようだ。

私は織田軍の機密情報を本来の軍へ持ち帰ろうとした裏切り者。気づかれるまでは全て完璧だった。ひとつ失敗があるとしたら、蘭丸、あなたのことを本気で愛してしまったこと。だから私はどっち側にしても裏切り者なのだ。もう帰るべき場所など何処にもない。

「何してるの、早く」

「いやだ、」

「死にたいの」

「だめ、だ」

「…蘭丸、」

未だ引いた手を放そうとしない彼にそっと近寄り、その震う手をぐっと押して矢を放させる。

「なっ、」

そうするとその矢が勢いよく私の左胸に刺さるのは当たり前。距離のせいもあってか、綺麗に私の心臓を貫いた。痛みは感じないよ、後悔も、死ぬことへの恐怖も。

「ごめん、ごめん・・・!」

どうして謝るの。好きで死ぬんだよ、自分の意志で。だから、そんなに泣かないで、笑って見送って。泣いた顔なんか似合わないよ。私はあなたの笑った顔が大好きなの。



笑顔に涙
(そして私は最高の笑顔で別れを告げた)



080618

(蘭丸って俺とか言うかな・・・わからないです。しかも矢の放し方とか無理ありますよね。いろいろごめんなさい)