「仙蔵くん、あの、ち、近くないですか…!」
「このソファーが狭いのが悪い。我慢しろ」
「狭くてすいません。あ、じゃあわたしやっぱり床で、」
「何故?ここにいればいいだろう」


 ひとり暮らしの部屋に置けるソファーなんて1,5人掛けくらいの大きさが妥当だと思う。それに1,5人掛けとはいえ、2人なら普通に座れるし、今まで不自由してなかったけど、今とても不自由している。不自由っていうか、心臓に悪いというか。てかね、思うんですけど、仙蔵くん、絶対こっち寄りに座ってるでしょ。今まで何度かこのソファーに2人で座ってみたことあるけど、いつもはこんなに近くなかったもん…!仙蔵くんとぴったりくっついている右半身が熱い。てかもう全身が熱い。いちいち顔をのぞき込まないでほしい。仙蔵くん、美し過ぎて困る。お前ほんとに15歳かよ。もうこれ詐欺だよ、詐欺。


「名前、始めるぞ」
「あ、はい」
「ふふ、泣いても途中でやめてあげないから、覚悟しておけ」
「うわ、でた、悪い顔」
「それでも私は美しいだろう?」
「事実だから何も言い返せません…」


 不敵に微笑んでも美しい仙蔵くんは、リモコンでDVDプレイヤーを起動させる。ホラー映画が得意だ何だっていう話から、突然ホラー映画が見たくなった仙蔵くんに連れられて、近くのレンタルショップで一押しのホラー映画を借りてきたのが、ついさっきの話。わたしはわりと平気なほうだと思っているけど、ビビりだから大きな音や叫び声にびくびくしてしまう。だからこんな密着した状態でホラー映画なんて見たら、ドSな仙蔵くんのことだ、絶対馬鹿にされる。年上の威厳を保ちたいわたしからすれば、こんな地獄はない。どうせ見るなら、とカーテンを閉め、電気も消した暗い部屋で、ホラー映画ですよと言わんばかりの雰囲気を放つ映像が始まる。わたしはクッションを抱き抱えつつ、その映像に視線を向けた。最初っからおどろおどろしいな、これ。
 しばらく映像が進み、明らかに出てくるぞ、ってときにやっぱり血まみれの女の人が画面いっぱいに映し出される。いきなり部屋に響いた人間のものではない叫び声に肩が揺れてしまった。ちらり、と隣を見てみれば、仙蔵くんと目が合う。すっごく楽しそうな仙蔵くんに頬笑み掛けられ、思わず赤面する。はずかしい。


「なんだ、怖いのか、名前」
「音にびっくりしただけだもん」
「強がらなくてもいいぞ。今なら優しい私が手を握ってやろう」
「手汗がやばいことになりそうだから遠慮しておく」
「それは残念」


 まったく残念そうな顔してないんですけど。ドSこわい、幽霊よりこわい。再び画面に視線を戻し、クッションを抱え直した。こうなったら我慢してやる。出てきそうって思ったら、クッションをぐっ、てやればいいんだ。そしたら、大丈夫なはず。うん、いける。たぶん。
 そんなことを思っていても、びっくりしてしまうのが止まるわけでもなく、わたしはその後も何度も肩を揺らし、そのたびに仙蔵くんに笑われた。だってだって、出でくる、絶対出てくるってわかっていたって、思ってたより音が大きかったり、叫び声が尋常じゃなかったりすれば、心臓はばっくばくするわけですよ。人間として当然の反応ですよ。淡々と見ている仙蔵くんがおかしいと思う。ホラー映画作っている人たちに失礼だ。
 やっと映画が終わりに差しかかり、血みどろの女の人が主人公の男の人に襲いかかろうとした瞬間、わたしの耳に生温かい息がかかった。


「うきゃああっ」


 情けない声が部屋に響く。熱い耳を押さえつつ仙蔵くんを睨みつければ、くっくっ、と口元を押さえて笑っていやがる。もうやだ。この人やだ。あまりにびっくりしたせいで涙が浮かんでいる。心臓はばっくばくだ。最後の最後で何をしてくれるんだ、この人は。エンドロールが流れ始めたテレビが、薄暗く部屋を照らす。ひとしきり笑った仙蔵くんは、やけにいい顔で突然わたしの髪を撫でた。さらり、とひんやりとした指先が目尻に落ちて、涙を掬っていく。今さら慰めてるつもりか。騙されるな、わたし。相手は、魔王だ。


「本当に、お前は可愛いな」
「わたし、仙蔵くんより年上なのに、なんだろう、この感じ」
「さて、名前、DVDはもうひとつあるんだか、どうする?」


 まあ、お前に拒否権はないがな。
 そうやって綺麗に微笑む仙蔵くんに心臓が高鳴った、気がした。なんかもう自分の心臓が何のせいでばくばくしてるのかよくわかんない、ということにいておく。きっと呆れた顔をしているわたしの肩を引き寄せ、せっかく作った仙蔵くんとの隙間がぴたりとなくなる。その腕はわたしの肩に回ったまま、本日2本目のホラー映画が幕を開けた。






120509

ホラー映画とかなんて季節外れな…。






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