イヤホンで音楽を聴きながら作業をするのが好きだ。本や漫画を読んだり、レポートを書いたり、ノートをまとめたり。音楽を聴きながらだと作業がはかどらないという人もいるけど、わたしは音楽を聴くためにイヤホンをしているというよりは、同居人への邪魔しないでねっていうアピールのためにしているといっても過言ではない。意味はないんだけど。


「名前っ!」
「うわばかっ」


 思わず口から飛び出た暴言を訂正する気すら失せる。突然首に巻きついてきた15歳にしてはたくましい腕にわたしの体は揺れ、危うくコーヒーをこぼすところだった。危ない。お風呂上がりの小平太くんはいろいろとめんどくさがって、髪もまともに拭いていない状態で飛び出してくるせいで、小平太くんの髪から滴り落ちる水滴がぽたぽたとわたしの肩に落ちる。わたしの服がじわじわと濡れていく。小平太くんの体が触れている部分が熱い。わたしはわざとらしくため息を吐き、耳からイヤホンをはずして、首の前で交差する小平太くんの腕を軽く叩いた。


「髪を乾かしてくださーい」
「ん、あとで」
「わたしの服、濡れてるんだけど」
「どうせ名前も風呂に入るんだし、細かいことは気にするな」


 気にするわ。心のなかでつっこみつつも、わたしは特に抵抗はしなかった。いつもこんな感じだから、わたしはもう完全に諦めている。どうせ何を言っても何をしても、意味はない。小さい子がお母さんを困らせたいみたいな感じだと思えば、可愛くないこともない。ただちょっと、だいぶ体が大きいせいで、小さい子の何倍も手がかかるだけだ。そうだ、ライオンを飼っていると思えばいい。わたしすごい。
 わたしは小平太くんがお風呂からあがってくる前までしていた作業の道具たちをまとめて、テーブルの下に避難させる。濡らされたら困る。小平太くんの腕の中でもぞもぞと体の向きを変え、わたしは小平太くんに向き合う。途端にむぎゅっと抱きしめられて、かたい胸板に押しつけられるような体勢になってしまったけど、わたし、別にこんな恋人ごっこがしたいわけじゃない。「痛いよ」ってつぶやいてみても、小平太くんはまったくの無視である。強引に体を起こし、小平太くんの首にかけてあったタオルで髪をわしゃわしゃと拭いてあげる。あんなに頑なだった小平太くんの腕はすとんとわたしの腰のあたりに落ちて、おとなしく頭をわたしにゆだねる。小平太くんがおとなしくなるのは、一日のなかでこの時間だけだ。


「小平太くん、バイトはどう?疲れてない?」
「とても楽しいぞ!名前に拾ってもらってからは体がなまっていたからな!」
「え、あ、うん。まあ、わたしからすれば十分動いてたと思うけど…」


 わたしの友人の紹介で引っ越しや品出しなどの力仕事のバイトを始める前の小平太くんは、わたしがいない日中、ジョギングという名のマラソンをして、その帰りに出会った近所の子どもたちと遊んで、どろどろになって帰ってくる毎日を送っていた。近所の子どもたちの間では、『こへ兄』として大人気だ。中学生とも仲が良いらしく、バイトを始めた今でも休みの日には一緒に遊んだりもしている。そんな生活を送っていて、体がなまっていたなんて、お姉さんは信じられません。
 小平太くんの髪は、タオルで拭いただけでだいたい乾いてしまう。ふさふさの小平太くんの髪の手触りが好きで、わたしはそれをもふもふしながら口元を緩める。するとまた小平太くんの腕のなかに閉じこめられた。小平太くんが満足そうに笑っている。その笑顔を前にしてしまうと、わたしは拒否できなくなってしまう。どうせ拒否したところで、小平太くんが言うことを聞いてくれたことはないのだけど。


「名前はやわらかいな」
「突然なんだ失礼だな」
「私、名前に拾ってもらえて幸せだ!」
「…それは、なによりです」


 わたしは赤くなっているだろう顔を隠すように、おとなしく小平太くんの胸板に顔を押し付けた。小平太くんの言葉は、心臓に悪い。









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