今日は授業が昼からだったから朝はゆっくりできたけど、その分バイトの締め作業が長引き、予定していたよりずっと帰りが遅くなってしまった。最悪。深夜だというのに周りの迷惑も考えず、わたしはアパートの階段を駆け上る。買ったばかりのパンプスのヒールがうるさい。息も整っていない状態でドアを開けると、小さな同居人が勢いよく抱き付いてきた。
 ああ、やっぱりまだ起きてた。


「ふ、えぇ、名前さあん」
「きゃー!泣いてるー!」


 ぼろぼろと泣いている平太くんにわたしは思わず叫んだ。そして慌てて口を閉じ、ドアを閉めた。ここ、ひとり暮らし用のアパートだから、ばれたらやばい。こんな小さくて可愛い平太くんと2人で路頭に迷うわけにはいかない。わたしは平太くんの目線に合わせるようにしゃがみ、おろおろと平太くんを抱き締めた。わたしの背中に回った小さな手がぎゅうっと必死にしがみついてくる。そして何度も何度もわたしの名前を呼ぶ。わたしは優しく平太くんの背中を撫で、名前を呼ばれるたびに、うん、と返事をする。やっと落ち着いたのか、平太くんがわたしから少し離れ、何故かしょんぼりして「ごめんなさい」と謝った。わたしは涙で濡れた赤いほっぺたを指で撫で、平太くんの顔をのぞき込んでみる。平太くんの目は、まだうるうるだ。


「どうして平太くんが謝るの?」
「だって、名前さんがいなくても、1人で寝れるって、言ったのに、名前さんがいないとやっぱり、怖く、てっ、名前さんも全然帰って、こなくて、っ」
「不安にさせちゃったね、ごめんね」


 わたしが謝ると、平太くんはふるふると頭を横に振り、再びぎゅっと抱き付いてきた。そして、「名前さん、おかえりなさい」とまだ涙声で言うものだから、わたしは嬉しくなって、「ただいま、平太くん」とにやにやと笑みを浮かべた。平太くんまじ天使。

 やっと泣き止んだ平太くんの手をひいて部屋に入ると、ベッドには平太くんが寝ようと試みた形跡が残っていた。我が家にはお客さん用の布団があって、普段平太くんはそこで眠っているのだけど、今日はそれが敷かれていない代わりにわたしのベッドの布団がくしゃっと盛り上がっている。やだもう平太くん可愛い。にやにやしつつも平太くんにホットミルクを作り、わたしは着々と寝る準備をする。シャワーは朝でいいや。どうせ休みだし。ちらちらとわたしの後ろ姿を目で追っていた平太くんのところにスウェット姿で戻ってくると、平太くんはわたしをおずおずと見上げ、決心したように口を開いた。ほっぺたがほんのりと赤い。


「あ、あの、名前さんっ」
「ん?」
「今日、一緒に寝ても、いいですか…?」


 なにこの可愛い生き物。
 平太くんの上目遣いに心臓を打ち抜かれたわたしは、にやけた顔で「もちろん」と返事をした。途端に嬉しそうにはにかんだ平太くんの頭を撫で、マグカップを洗うのも脱ぎ捨てた服を洗濯機に入れるのも何もかも明日に回して、わたしは平太くんと布団にくるまった。こちらを向いておずおずと近付いてくる平太くんの背中に腕を回し、ぎゅっとしてみた。「ひゃあっ」って顔を真っ赤にした平太くんはくるりと身体の向きを変えてしまった。


「え、そっち向いちゃうの?」
「…名前さんがびっくりさせるから」
「えっ、ごめん。つい出来心で」
「…むぅ」
「ごめんね、平太くん」
「………」
「え、あれ、へーたくーん」
「………」


 無視された。平太くんに無視された。良い子で可愛くて天使のように優しい平太くんに無視された。しゅん、と落ち込んでいると、すうすうと寝息が聞こえてきた。あら、寝ちゃった?そうだよねえ。わたしのせいで寝るの遅くなっちゃったもんねえ。わたしは平太くんの身体を軽く抱き寄せ、子ども体温にぬくぬくしながら眠りについた。
 明日は平太くんとどこかに出かけようかな。











120408







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -