「あ、名前ちゃん、ここ座って」


 シャワーを浴びて部屋に戻ると、タカ丸くんがにこにこ笑いながら全身鏡の前を指差した。手にはドライヤーを持っていて、足下にはアイロンも準備されている。わたしは首を傾げながらも、タカ丸くんに指示された場所に座り、鏡越しにタカ丸くんを見上げた。タカ丸くんはわたしの首からタオルを取り、優しく髪に触れ、ドライヤーの風をあて始める。


「ねえ、タカ丸くん、突然どうしたの?」
「名前ちゃん、今日飲み会なんでしょ?いつものお礼に、もっともっと可愛くしてあげようと思って」
「えっ、タカ丸くん、美容師さんの見習い始めて、まだ少ししか経ってないよね?できるの?」
「できてからのお楽しみー」
「えー」


 とはいいつつも、わたしの髪に触れるタカ丸くんの指先は優しくて、わたしが通っている美容院の人よりも居心地が良い。もともと知らない人に触られるのが苦手、っていうのもあるんだろうけど、タカ丸くんの手は、気持ちが良い。真剣な顔でわたしの髪を撫でているタカ丸くんをちらっと盗み見ていたら、ばっちりと目が合ってしまった。タカ丸くんにへにゃっと笑いかけられ、わたしもつられて顔が緩む。タカ丸くん、絶対モテるだろうなあ。


「はい、終わり。次は服ね」
「服もタカ丸くんが選らんでくれるの?ありがとう!」
「えへへ。名前ちゃん、着たい服ある?」
「んー、この前買ったワンピース着ようと思ってた」
「じゃあ、上にこのカーディガン羽織ると可愛いよ。お酒飲むから靴はこっちのヒールが高くないやつね」
「はーい」


 ネックレスはこれ、ピアスはこれ、とどんどん渡されるものを抱えて、わたしは浴室で着替える。このワンピースもタカ丸くんに選らんでもらったものだから、物凄く可愛く見えてしまう。緩む頬を抑えながら、わたしはタカ丸くんが待つ部屋のドアを開ける。わたしを見たタカ丸くんは「名前ちゃん、可愛い」ってふわりと笑った。


「お店で試着したときも思ったけど、そのワンピース、名前ちゃんにすごく似合ってるよ」
「やめて照れる!はい、タカ丸くん、髪よろしく!」


 わたしは慌てて鏡の前に座ると、タカ丸くんがくすくす笑っているのが鏡越しに見えた。ああもう恥ずかしい。タカ丸くんの言葉は直球だから心臓に悪い。
 「化粧してていいよ」というタカ丸くんの言葉に甘え、わたしはいつものように化粧を始める。ラインを引くために身を乗り出したり、下を向いたりしても、タカ丸くんは文句も言わずに手を動かす。わたしのだいたいの化粧が終わる頃には、いつものわたしとは別人のわたしが鏡に写っていた。いつも通りの化粧のはずなのに、心なしか華やかに見える。


「…タカ丸くん、すごいねえ」
「名前ちゃんはもともと可愛いから、いくらでも可愛くできるよお。あ、名前ちゃん、ちょっとこっち向いて」


 さらっと爆弾を投下されて、普通に照れていると、タカ丸くんがわたしの頬に手をあて、くるりと顔の向きを変える。「目、閉じててね」と言われた通りに目を閉じると、目もとに触れるタカ丸くんの指の感触にどきっと胸が高鳴った。そんなわたしにお構い無しで、タカ丸くんは次に目尻に何かを走らせる。「はい、いいよ」って言われて目を開くと、タカ丸くんは満面の笑みでわたしを見ていた。タカ丸くん、15歳とか嘘でしょ。「ライン、ちょっとだけ跳ねさせてみたんだ」と言って、タカ丸くんは満足そうな顔をした。お礼を言いながら立ち上がるわたしを見て、タカ丸くんがぽつりとこぼす。


「名前ちゃんが可愛くなり過ぎて、飲み会に行かせたくなくなっちゃったなあ」
「…タカ丸くんって天然たらしだよねー」
「本当のことを言ってるだけだよぉ」
「…あ、時間だから、わたしもう行くね。ほんとにありがとう」


 たいして中身のない鞄に化粧ポーチを入れ、それを肩に掛ける。ケータイはポケット。うん、大丈夫。タカ丸くんが玄関に向かうわたしの後ろをちょこちょことついてきた。身体大きいのに、小型犬に見える。タカ丸くんが選んだ靴を履いて、くるりと振り返ってみせると、タカ丸くんはわたしの上から下までをチェックして、満足そうに微笑む。


「今日も一次会だけ?」
「うん。タカ丸くんがいるしね」
「…名前ちゃんのほうが天然たらしだと思うなあ」
「年下にやられっぱなしでたまるか。あ、こんなことしてる場合じゃない!夜ご飯は適当に食べてね!行ってきます!」
「帰りは駅まで迎えに行くから!いってらっしゃい!」


 玄関から顔をのぞかせて、タカ丸くんは手を振ってくれる。それに笑顔で手を振り返して、わたしはワンピースの裾を翻した。











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