けたたましい目覚まし時計で目が覚めて、縮まっていた体を思いっきり伸ばす。今日1限からだから、朝が早い。顔を洗えばなんとなく目が覚めてきて、わたしは適当な服に着替えてから、あり合わせの朝食を2人分作った。トーストとスクランブルエッグとハムとか、なんかそういうありがちなやつ。それをひとつはテーブルに運び、ひとつはラップをして冷蔵庫にしまう。お昼は昨日の夕食の残りを食べてもらうことにして、わたしの分はおりぎりと、コンビニのサラダでいいか。欠伸をこらえながら食べ終えた食器を流しに置いて、いつも通りの化粧をして、あ、まだ時間がある。緩む顔を抑えながら、わたしはベットの横にしゃがみ込んで、体を丸めて眠っている同居人の顔を覗き込んだ。我が家の猫さんだ。相変わらずかわいい。


「喜八郎くん、朝だよ」
「…ん」
「喜八郎くーん、綾部くーん、あやちゃーん、あーや、あやちゃん、あやちゃーん」
「…う、む」


 ゆるゆると目を開けた喜八郎くんは、めんどくさそうにわたしを見て、また目を閉じた。布団を上まで引っ張って、口元を隠そうとしている喜八郎くんかわいい。まつ毛、長いなあ。わたしはその表情を見れただけで満足なので、にまにま緩む顔を隠すこともなく立ち上がる。さっきまでわたしのベッドとなっていたソファーの上に来客用かたわたし用に格下げした布団を綺麗に畳む。喜八郎くんがうちに来てから、わたしのベッドは喜八郎くんのものになった。家主としては納得できなかったから、結構しぶとく交渉したけど、まあ、聞いてくれない。たまーにベッドに入れてくれることもあるけど、喜八郎くんの考えていることはわからない。ほんとに気分屋な猫のようである。
 ご飯のことと、今日の帰りは夕方くらいになることをメモ帳に書いて、わたしは鞄を肩にかける。全身鏡の前で一度自分の姿を映して、玄関に向かったわたしの後ろで、もぞもぞと喜八郎くんが動く音がする。寝返りでもしたかな、と思いながら、最近お気に入りのショートブーツを玄関に座り込んで履いていると、喜八郎くんが見送りに来てくれた。なにそれ朝からありがとうございます。満面の笑みで振り返ると、眠そうに目をこする喜八郎くんがわたしのそばにしゃがみ込んだ。


「喜八郎くん、起きたの?」
「ん。名前、今日早い」
「今日は1限から発表の打ち合わせが入っちゃったの。一緒にご飯食べれなくてごめんね」
「うん」
「ちゃんとご飯食べるんだよ?」
「うん」
「じゃあ、行ってくるね」


 喜八郎くんの頭を撫でてから、よいしょ、と立ち上がろうと力を入れたら、ぐい、と服を引かれる感覚に首を傾げる。そこを見れば喜八郎くんがわたしの服を掴んでいて、ますます首を傾げる。そもそも喜八郎くんがわたしの見送りに来ていること自体、今までにはあり得なかったことだ。どうした13歳よ、と思いながら、喜八郎くんの名前を呼ぶ。返事はない、が、時間は止まってはくれない。


「どうかしたの」
「…名前、」
「ん?」
「プリンが食べたい」
「えっ、あ、うん、わかった。帰りに買ってく、」
「ぼくも行く」
「え、」
「名前と行く」


 おおうどうしたこの不思議ちゃんは。混乱状態のわたしを余所に、喜八郎くんは言いたいことが言えて満足したのか、わたしの服から手を離してくれた。時計を見てぎょっとしたわたしが立ち上がるのに合わせて喜八郎くんも立ち上がって、やっぱり眠そうに目をこする。………寝ぼけてるのかな、この子。とりあえず時間のないわたしは、喜八郎くんのふわふわの髪をくしゃくしゃと撫で、喜八郎くんが少しだけ笑ってくれたのを確認してから、「行ってきます」と言えば、喜八郎くんは眠そうな声で「いってらっしゃい」と返してくれた。
 この緩やかな幸せがずっと続けばいいのに、と秋空に願った。







120917

どこかにあやべ落ちてませんかね。






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