「名前、これはなんだ?」
「……えへ」
「えへ、じゃないだろ!四年生にもなって、一年は組みたいな点数を取るな!」
「いやはやごもっともです」


 先日の散々なテストの結果がなぜか土井先生にばれてしまったので、私は今、土井先生の部屋に呼び出しをされて正座をしている次第である。ぐしゃぐしゃに丸めたはずの答案用紙は丁寧に伸ばされて、私と土井先生の間に置かれている。忌々しいことこの上ない。なくしたと思ってたんだけどなぁ。誰かの嫌がらせかなぁ。胃のあたりを擦りながらため息を吐いている土井先生に、ちょっとだけ申し訳ない気持ちが生まれてくるが、こればっかりは仕方ない。私は座学が嫌いなのだ。


「あ、でも三木ヱ門に勉強教えてもらったんですよ」
「それで覚えなかったら意味ないんだぞ」
「…努力します」
「これ以上私の悩みを増やさないでくれよ」
「はーい」


 話が一段落したところで、私はいそいそと答案用紙を懐にしまい込んだ。「お茶を煎れてくるよ」と立ち上がった土井先生にお礼を言い、私は1人部屋に残った。久しぶりの土井先生の部屋に、くるりと部屋を見回してみる。土井先生の机には答案用紙の束があるのを見つけて、興味本位でのぞき込んでみると、私の結果とさして変わらない点数が並んでいた。うーん、自分の生徒がこれじゃあ、確かに胃を痛めるかもしれないなぁ。私はそっとそれを元に戻していると、盆に二つの湯飲みと金平糖を乗せて、土井先生が戻ってきた。金平糖は食堂のおばちゃんにもらったらしい。


「そういえば、名前、今度の長期休みはどうするつもりなんだ」
「学園に残ります」
「…帰ってこないのか」
「先生も、きりと私二人の面倒を見るとなると大変でしょう」


 不機嫌そうに顔を歪めて私を見ている土井先生に、私はゆっくりと微笑んでみせた。
 私は土井先生の家にお世話になっている。三年生までは図々しくも当然のように土井先生の家に入り込んでいたが、きりがいる今、二人分の世話をするとなると土井先生に大きな負担がかかってしまう。忍術学園の給料は高くはないと聞くし。いくら私やきりがお金を稼いだとしても、学費を払うのが精一杯で、結局衣食住を土井先生にまかなってもらうことになってしまう。それはさすがに申し訳ない。それに、私はもう一人で生きていけるくらいには生活する術も稼ぐ力も身に付いている。土井先生の世話になる理由は、もうない。


「私はもう13なんです、土井先生」
「私からすれば、まだまだ子どもだよ。まだまだ大人に甘えて生きていい年齢だ」
「それは一般論です」
「名前、私だって多少の蓄えくらいある。もう少し任務を減らしたりは、」
「先生、大丈夫です。こうやって、生きてるんですから」
「…私は、お前がいつか大傷を負って帰ってくるんじゃないかと、心配でならないよ」


 私を真っ直ぐに見つめる土井先生は、きっと本当に私を心配してくれているのだろう。わずかに眉が下がっていて、少しだけ泣きそうに歪んでいる。嗚呼、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。


「私は土井先生に恩返しをしたいんです。それまでは絶対に、絶対に死んだりしません」
「名前…」
「だから、ね、先生、信じてください」


 へらりと笑ってみせると、土井先生も少し呆れたようだったけど、優しく微笑んでくれた。「名前のこと信じているよ」その一言で、不安とか恐怖とか、私を取り囲む薄暗いすべてのものから、救われるのだ。それがたとえ一時的だとしても。






120214

主人公は土井先生んちにお世話になっています。土井先生は主人公のこと心配で仕方ないんだけど、主人公は土井先生の負担になりたくない。みたいなすれ違い。