名前くんが誰にも何も言わず、学園からいなくなってから一週間が経った。そして、綾ちゃんがいなくなったのも、一週間前。二人が一緒にどこかにいなくなったのか、それともたまたま同じ日だったのか、誰もわからない。先生方でさえ、一週間経った今でも、二人の行方を見つけ出せないでいた。この前、きり丸くんが「名前先輩は天女さまに連れていかれちゃったんだ」と泣いているのを見かけて、僕はそれを信じてしまいそうになった。だって名前くんは綾ちゃんと同じだから。綾ちゃんがミライに帰ったのなら、名前くんだって帰ってしまったのかもしれない、って。だけど、僕はどうしてもそれを信じたくなかった。名前くんは本当にいなくなってしまったの?また任務にでも出てるだけじゃないの?そのうちひょっこり帰ってくるんじゃないの?
 泣き疲れて静かに眠っている三人に布団をかけて、僕はため息を吐いた。毎晩みたいに名前くんの部屋に集まって、悲しさとか寂しさとかを分け合うみたいに身を寄せ合う僕たちを、先生方も先輩たちも心配してくれて、必死になって名前くんを探してくれている。朝になって、申し訳なさそうな顔をするみんなを見るたびに、心の中でごめんなさいってたくさん謝る。僕たちがしっかりすれば、いいんだよね。でも駄目なんだ。名前くんがいないと、悲しくて寂しくて、駄目なんだ。


「どこに行っちゃったの、名前くん」


 思っていた以上に情けない声が、三人の寝息に混ざって落ちた。壁に背中を預けて、静かに目を閉じる。もうすっかり白梅の匂いがしなくなった名前くんの部屋で、暗闇に落ちるように眠りにつく。
 あのね、名前くん。君はいつも、誰も泣かないで、って願っていたよね。でも、僕たちが泣いている原因の大半は、名前くんのせいだってこと、わかってる?こうやっていつかいなくなってしまうなら、僕たちに優しくしないでほしかった。むしろ、僕たちと出会わないでほしかった。そしたらこんな思いしなくて済んだのに、なんて。身勝手だよね、ごめんね。でもそうでも思わないと、名前くんがいないことを受け入れられそうにないから。ごめんね、ごめんね、名前くん。このままだと、名前くんのこと、恨んでしまいそうだよ。

 かたん、と音がした。浅い眠りを繰り返していた僕は、三人の誰かが寝がえりをうったのかな、なんて思って、うっすらと瞼を開けた。部屋の中が薄暗い。しっかりと閉めたはずのとが半分ほど開いていて、そこから月明かりが差し込んでいる。誰かが厠にでも行ったのかと思ったけど、違う。僕たち以外の誰かがそこにいるような気がする。僕は暗闇に視線を向けながら、静かに静かに、その名前を呼ぶ。抑えきれない期待で、声が震えた。


「名前くん…?」
「…あー、ばれちゃった」


 タカ丸さんも寝てるかと思ったのに。
 月明かりに照らされたその姿を捉えた瞬間、涙が零れ落ちた。僕の腕が名前くんを捕らえるよりも先に、名前くんの身体は誰かに抱きつかれて押し倒された。どうやら起きたのは僕だけではなかったらしい。珍しくわんわんと声を上げて泣いているのは喜八郎くんで、その声で起きたらしい滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんも信じられないものを見るかのように、目をまん丸にしていた。喜八郎くんを膝に乗せたまま起き上がった名前くんを今度は滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんが押し倒した。ぐえ、と名前くんが声を上げて、ひっくり返る。ばたばたと足をばたつかせている。僕はほっとして頬が緩んだ。押しつぶされている名前くんの顔を覗き込めば、苦しそうに顔を歪める名前くんと目が合った。


「タカ丸さん、助けてください」
「僕たちを不安にさせた罰だよ」
「う、それを言われると…」
「名前、説明しろ。何故突然いなくなったんだ」
「滝、ちょっと待って、起こして。うん、ありがとう。えっと、綾さんが元の世界に戻る日が来たから、送りに行って来たんだ。何故か場所が指定されてて、しかもそれが案外遠くてね、思ったより遅くなっちゃった」
「一言くらい言っていけよ!ばかたれ!」
「潮江先輩うつってるよ、三木。綾さんが元の世界に戻るときに、うっかり私も引きずられる可能性があったから、言うか悩んで結局言わなかった」
「でも、せめて一言くらいさあ」
「だって、それを言ったら今生の別れみたいになるじゃないですか。そしたらこうやって何事もなく帰って来たとき、なんか恥ずかしいですし」
「ばか名前、ばか、きらい、すき」
「え、どっちなの?」
「すき、だいすき、もう会えないかと思った」
「…うん、ごめんね」


 泣きそう顔で笑った名前くんは、ぐすぐすと泣いている喜八郎くんをぎゅ、と抱き締めた。それを見て、僕は四人ともまとめて抱き締めた。朝になったら名前くんはいつも以上にみんなにもみくちゃにされるだろうから、今だけは僕たちにひとり占めさせてよね。
 泣いて、笑って、だいすきって言い合って、存在を確かめ合って、ぐちゃぐちゃになって、ぽつりと名前くんが嬉しそうに零した言葉に、僕たちはまた、泣きながら笑った。


「ただいま、みんな」







おかえり




130214 完結