「名字、探したわ」


 そう言いながら私に詰め寄ってきたくのたまの同輩は、私の背後にいる綾さんを怖い顔で睨みつけている。それに怯えて私の忍装束をぎゅう、と握り締めている綾さんを見て、この同輩はさらに機嫌を損ねたようで、せっかくの綺麗な顔が歪んでしまっている。今にも噛みつきそうな形相の同輩を「まずは話をしよう」と宥めると、今度は切れ長の目で私を睨みつけた。食われそうだ、と思いながらその細い肩に手を置けば、同輩はその手を払って廊下の壁に寄りかかった。腕を組み、ぎらりとこちらを睨みつける同輩に、私は苦笑するしかない。


「今日は一体どうしたの。連絡もなく忍たま長屋に来るなんて珍しいじゃないか」
「どうしたもこうしたもないわよ。どうしてあんたが天女さまと一緒なの?鼻の下をだらしなく伸ばしたいつもの取り巻きたちはどうしたのよ、天女さま?」
「こら、綾さんに当たらない」
「いいわね、か弱い天女さまはいつも誰かに守ってもらえて」
「もう、話なら聞くからおやめよ。綾さん、すみません。部屋に戻っていてもらえますか」
「…うん」


 不安そうな顔で静かに頷いた綾さんの頭をぽんぽんと撫でるが、その表情は変わらない。胸の前でぎゅ、と握られた手が小さく震えている。今の綾さんを一人にするのは危険なのはわかっている。でもこれ以上同輩の怒りを買ってしまえば、今度はくのたまたちの標的になるかもしれない。「後から必ず行きますから」と言ってみても、綾さんは不安そうな表情のまま、私たちに背を向けて職員長屋の方へと歩いていった。同輩はその後ろ姿をぎらぎらとした目つきで睨みつけている。私はため息を無理やり飲み込んで、「行こうか」と同輩の腕を引いた。





「あんたは結局何がしたいの?」


 誰もいない食堂の奥で向かいに座る同輩が静かに口を開いた。手元の湯呑みに落としていた視線を上げれば、頬杖をついてこちらを睨むように見る同輩と目が合う。ああ、嫌だなあ。私は小さく息を吐いて、彼女以外の誰にも聞こえないように声を落とす。


「何も、では答えにならない?」
「なるわけないでしょ。あれ、いついなくなるのよ。もうすぐ三か月経つじゃない。ねえ、情が湧いたなんて言わないでしょうね?そんなことになったら、くのたま総出であんたの首取りに行くから」
「物騒な話はやめておくれよ。私に手を出すのはいいけど、綾さんに手を出すのはいくら君でも許さないよ」
「…随分惚れこんでるのね。貴方もあれの幻術にかかっているのかしら」
「もしそうなら、今頃綾さんを連れてこの学園を出てるよ」
「…べた惚れだものね、名字に」


 同輩は至極つまらなそうにため息を吐いた。私は静かにお得意の曖昧な笑みを張り付ける。再び口を閉ざした同輩をちらりと盗み見て、私は部屋でひとり怯えているだろう彼女のことをひそかに思った。
 天女として迎えられた綾さんを誰よりも警戒していたのは、きっとくのたまたちだ。綾さんはいつ彼女たちに殺されてもおかしくなかった。いや、私があのまま目を覚まさなければ、私がいなければ、綾さんはもうとっくに殺されていただろう。この同輩が私の話を聞いて、くのたまを説得して、待っていてくれているおかげで、綾さんは生きている。だけど、もうそろそろ限界だ。私の行動の真意も、これからのことも何も分からなくて、彼女たちが苛々していることはわかっている。終わりは、近い。


「名字」
「ん?」
「わたし、もうみんなを止められないよ」
「うん、」
「わたしも、もう、嫌だよ」
「うん。つらい立場を任せてしまって本当にごめんね」
「…いつ終わるの?」
「もうすぐ、としか言えないけど、約束は必ず守るよ」
「…じゃあ、全部終わったら町に付き合って」
「もちろん。君の好きな甘味屋にも行こうか」


 私がそう言えば、「当たり前じゃない」と小さく呟いて、静かに視線を落とした。さらりと落ちた髪や頬杖をついた手から垣間見えた頬がわずかに赤く染まっているのが見えてしまって、私は思わず笑みがこぼれる。それに気付いた同輩が顔を真っ赤に染めて「馬鹿っ!」と声を荒げた。それがあまりにも可愛くて、私は久しぶりに声を上げて笑った。









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