「名字先輩、本当に何しにきたんですか」
「まあ、いいじゃない。ほら、池田もお食べよ」


 おいしいよ、と笑う名字先輩から餡蜜を渡されて、池田先輩は怪訝そうな顔をしながらもきちんとお礼を言い、餡蜜をもらっていた。池田先輩は素直じゃない。本当は名字先輩が心配して様子を見に来てくれたことくらいわかっているくせに。池田先輩の顔がほんのりと赤くなっていることに、名字先輩も気づいているのだろう。名字先輩は僕と目を合わせて、ふふ、と笑った。名字先輩がくれた餡蜜はしんべヱお勧めのお店のものらしい。さすがはしんべヱ。とてもおいしい。


「名字先輩、本当に全ての委員会を回っているんですね」
「まあ、諸事情でね。しかし、火薬委員会は二年生の池田と一年生の二廓だけだというのに、あまり困っていないみたいで安心したよ」
「もともと仕事も少ないですから」
「それを言ったら終わりだろ、伊助」
「でも、先輩方が来なくなっても、こうも支障がないとなんとも…」
「まあ、な…」


 あはは、と乾いた笑みを浮かべた僕と池田先輩に、名字先輩も似たような笑みをこぼした。
 火薬の在庫確認・補充と火薬倉庫の管理くらいしか仕事がない火薬委員会は、他の委員会みたいな影響はほとんど出なかった。久々知先輩とタカ丸さんが来てくれなくなって寂しいとかはもちろんある。凄く寂しい。だけど、実は火薬委員会に影響がほとんど出なかった理由は、天女様にあった。いや、上級生の先輩方、かな。天女様が怖がるといけないから、って立花仙蔵先輩が宝禄火矢と持ち歩かなくなったし、田村三木ヱ門先輩もユリコたちを連れて歩かなくなった。つまり、今まで火薬を多用していた先輩方が火薬を使わなくなったおかげで、火薬の減りが遅くなったのだ。だから何度も火薬の在庫確認をする必要がなくなったし、使う人がいなければ管理する必要もない。鍵をかけて、あとは火薬使用の申し出があったら開けて。それもほとんどないから、僕と池田先輩がしていることと言えば「今日も変わりありません」っていう報告を顧問の土井先生にするだけ。だから、乱太郎に「今日、名前先輩が火薬委員会に顔を出すって言っていたよ」と言われたとき、なんで、って思っちゃった。名前先輩もなんとなくわかっていたみたいで、始めからお茶会をする用意をしていたしね。


「名字先輩は火器とかって得意なんですか」
「火器は一切駄目だねえ。匂いは嫌いではないのだけど」
「田村三木ヱ門先輩に何か言われませんか。同じ組でしたよね?」
「三木ヱ門は火器のこととなると話が長くて、私が途中で飽きるからね、教え甲斐がないと叱られてからは一度も教えてもらったことがないよ」
「田村先輩で話が長いって言ったら、平先輩はどうしているんですか」
「滝の話は聞き流すのが一番だよ。真面目に聞いていたって、こっちが馬鹿みたいだ」
「あの、綾部先輩って、いつも何考えているかわからなくて怖いんですけど…」
「私も喜八郎が何を考えて生きているかなんてわからないよ。だけど、喜八郎はああ見えていろいろ考えて生きているんじゃないかな。ただ口下手なだけで、ね」
「タカ丸さんって、天然ですよね…」
「はは、そうだね。でも私はタカ丸さんに救われていることがたくさんあるよ。あの人の優しさは心地好い」


 四年生の先輩方の話をする名字先輩の眼差しは酷く優しく、いとおしそうに細められている。どうして先輩方はこの人を捨てて、天女様を選べるのだろう。天女様よりずっとずっと、ずーっと優しくて、かっこよくて、素敵な人なのに。きり丸が名字先輩をヒーローだと言っていたのを思い出して、僕はひとり頷く。ヒーローは悪を滅ぼすために在るもの。だったら、早く天女様を追い出してくれたらいい。僕たちの先輩を、名字先輩の宝物を奪って、学園をめちゃくちゃにしている天女様は、早く天に帰らなくちゃ。だって、天女様にとってこの世界は、けがらわしい下界なのでしょう?
 懐かしむような表情を浮かべる名字先輩に、これ以上先輩方のことを聞けなかった。ふと会話が途切れて、池田先輩がぽつりと呟いた。


「名字先輩、寂しいですか」


 その問いに、名字先輩は笑顔を浮かべただけで、何も答えはしなかった。








120513

最近オチが行方不明。