四日前の朝、私たち保健委員は医務室に呼び出された。私たちを呼びに来た三反田先輩も、医務室で私たちを待っていた伊作先輩も、目が真っ赤だった。伊作先輩は「朝から呼び出して申し訳ない」と悲しそうに微笑んで、私たちに座るように声をかけた。誰も何も言わず、伊作先輩の隣がぽっかりと空いた円を作って座った。呼び出されたときから、嫌な予感はしていた。
 伊作先輩は私たちの顔を見回してから、ゆっくりと、今ここにいない先輩の名前を口にした。私が一瞬考えた最悪のことにはならなかったけど、絶望を見たような気分だった。傷だらけで眠っている名前先輩を見たら、我慢なんてできなくてわんわんと泣いた。伏木蔵も泣いていた。川西先輩も泣いていた。三反田先輩と伊作先輩は泣くのを我慢しているようだった。生きてた。名前先輩が生きてた。だけど笑ってくれない。名前を呼んでくれない。頭を撫でてくれない。目を、開けてくれない。
 それから私たちは変わりばんこに名前先輩の看病をすることになった。名前先輩が目覚めたとき、誰かがそばにいれるように、ひとりぼっちにならないように。本当は保健委員以外には他言無用と言われたけど、私は毎晩のように寝言で名前先輩の名前をつぶやいては、こっそりと泣いているきりちゃんに黙っていることなんてできなかった。先生方は四年生の先輩ばかりを気にかけているけど、きりちゃんが相当弱っていることは私やしんべヱ、一年は組のみんなが知っていた。だから私は、きりちゃんに元気になってもらいたくて、名前先輩の無事を伝えた。きりちゃんもしんべヱも、私と同じようにわんわんと泣いた。





 あの日の夕方、学園ではある出来事が起こった。私たちにはとても理解できることではなかった。だけど学園中がいつも以上に騒がしくなっても、名前先輩は目覚めなかった。正しくは、浅い覚醒を繰り返していた。完全に目を覚ますことはまだないけど、やわく手を握り返したり、ぴくりと軽く痙攣したりする。新野先生は、完全に目を覚ます兆しのようなものだとおっしゃっていた。もうすぐ目覚めるかもしれない、と。だから、なるべく誰かがついていてあげてほしい、と。こうなってしまった今、頼りになるのは君たちだけだ、ともおっしゃっていた。それを聞いていた先輩方も、そして私たちも、全員が悔しい思いをしていたに違いない。どうしてこうなってしまったのだろう。私は、今すぐに名前先輩に目覚めてほしいはずなのに、このまま目覚めないでとも思っていた。


「…きりちゃん、しんべヱ。私、名前先輩がこのまま目覚めなくてもいいって、思うときがあるんだ」
「僕もそう思うときがあるよ」
「俺も。もう、これ以上は耐えられない」


 頭を抱えたきりちゃんに、私としんべヱは何も言えなかった。三人とも口を閉ざし、じっと息をひそめる。学園は今日も騒がしい。だけどそこに私たち一年生の声はない。二年生も三年生もいないかもしれない。だけど、今日も学園は、変わらず騒がしい。
 じっと名前先輩に視線を落としていると、また、かすかに瞼が震える。早く起きて。起きないで。抱きしめて。慰めて。変わらないで。いなくならないで。消えないで。そばにいて。いくつもの感情が浮かんでは消えて、また涙がこぼれそうになって、私はぎゅっと目を閉じた。次に目を開けたとき、名前先輩のすらと開いた目と目が合った。きりちゃんもしんべヱも、目をまん丸にして名前先輩を見てる。「名前、先輩…」こぼれた声に応えるように、名前先輩はゆっくりとまばたきを繰り返す。今度こそ涙があふれた私に、名前先輩が視線を移して、そうして、笑った。


「ただいま、みんな」


 我慢できずに抱きついた私たちを、名前先輩はぎこちなく、だけど確かに抱き返してくれた。











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