目の前の布団に横たわる二つ下の後輩が放っておけば消えてしまいそうで、深夜になってもそばを離れることが出来なかった。自分の手の中に収まる名前の手にも、包帯がぐるぐると巻かれている。今はやっと穏やかに眠っている名前の顔をじっと見つめていると、じわりと涙が溢れそうになった。
 泣いていても、何も変わらないのに。








 萌黄色の忍装束を赤黒く染めた数馬が六年長屋の僕と留三郎の部屋に駆け込んできたのは、今日の明け方だった。痛々しいほどに涙のあとが残る顔で、一番に口にした言葉に、僕の眠気は吹っ飛んだ。


「伊作先輩!名前先輩がっ…!」


 飛び起きた僕は数馬に新野先生を起こしてくるように指示し、寝巻のままで医務室に駆け込む。視界に飛び込んできた名前の姿に、思わず息を飲んだ。ぐったりと横たわる名前の顔は血の気がなく真っ白で、呼吸も浅い。何より紺の忍装束を染め上げている夥しい量の紅に、目を覆いたくなった。ついてきた留三郎が僕の後ろで弱々しく名前の名前を呼ぶ。返事など、あるわけがなかった。

 その後、数馬が呼んできてくれた新野先生と共に、名前の治療にあたった。ずっと泣き続けている数馬には留三郎がついていてくれた。治療が終わって医務室を出ると、留三郎が一人で待っていて、数馬は部屋に戻したらしい。新野先生に、普段通り授業に出るように言われた僕たちは、その日一日をぼんやりとして過ごした。名前が瀕死の大怪我を負って帰ってきたことを知っている僕たちだけが、胸が苦しい。


「…生きてて、よかった」


 言葉にした瞬間、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちて、止まらなくなってしまった。名前の手の温度が、静かに上下する胸が、時折震える睫毛が、名前が生きていることを証明している。僕はあいている手で顔を覆う。そうしていないと声が漏れてしまいそうだった。


 名前、早く目を覚ましてくれないと、説教もできないじゃないか。名前の帰りを待っている人はたくさんいるんだよ。四年生たちなんて目も当てられないほどだ。昨日、「喜八郎が眠ってくれない」って平が相談に来たよ。そんな平も泣きはらしたみたいに目を腫らしていてね、自分の話なんて一切しなかった。小平太が平の姿をあまりにも見ていられなくて、「委員会を休め」って言っても、「身体を疲れさせないと、余計なこと考えてしまって眠れないのです」と言ってきかなかったんだって。綾部は完全に不安定で、何をしていても唐突に泣き出すことがあるから、先生でさえも手に負えていない状態だ。田村とタカ丸くんは普段と変わらずに生活しているように見えるけど、田村の目が赤く腫れているのを見かけたことがある。あの文次郎が田村を心配して委員会を早く切り上げるくらいだ。平気そうに見えるのは見かけだけなのだろう。僕たちと同じ年齢のタカ丸くんは最年長ということもあって誰の前でも明るく振る舞っている。時折曇るその笑顔が心配で、たまに声をかけたりしたけど、タカ丸くんは決まって「大丈夫だよ」って笑う。
 ねえ、名前。あげたらきりがないくらい、君はたくさんの人の笑顔を生み出していたんだよ。その傷は、僕たちを守ろうとして負ったものでしょう?でもね、そんなの誰も喜ばないよ。僕たちは名前が怪我をしないで無事に帰ってきて、「ただいま」って笑ってくれれば、それだけで十分なんだよ。

 本当に、名前は馬鹿だね。












120412