ある大名からの密書をある城のお殿様に渡すだけの簡単な任務のはずだった。中身は賄賂だとか良からぬ企みだとか、不穏な噂のあるこの受け渡しは以前にも何度か行われていて、だから今回も何事もなく終わるはずだった、のに。その密書に針が仕込まれていたことから全てが崩れていった。騒然となるその一室で、誰かが私を指差して叫んだ。


「お前が針を入れたんだろ!!」


 真っ先に疑われたのは密書を運んできた、私だった。







 空が明るみ始めた頃、私はやっと学園に到着した。最後の最後に負った片腹の傷から止まることなく溢れ続ける血が点々と滴り、私が歩いた地面を汚していく。私が忍術学園の人間だと知られないように、私を追ってきた奴らを全て撒くために、昼は町の人に紛れ、夜は身を潜めて移動し、丸々五日間逃げ回った。今ごろ何処か遠くで私の影を追っていることだろう。先方にも私の素性を明かしていないから、この忍術学園にたどり着く可能性は極めて低い。大丈夫。ここまで来れば、大丈夫。もし奴らがたどり着いたとしても、ここには先生方も先輩方もいるのだ。この箱庭は、強い。だから大丈夫。大丈夫。
 片腹の傷を手で覆いながら塀の上に着地したその瞬間、視界が揺れて、黒く染まる。傾く身体を支えるほどの力は残っていなくて、受身がとれるほど素早く動くこともできなくて、そのままぐしゃりと塀の内側に落ちた。どうやら口の中を切ったらしい。鉄の味が広がった。

 嗚呼、痛い。痛いいたいいたい、いたい。くるしい、よ、あついさむいよ、ああ、

 また善法寺先輩に叱られてしまうかなあ。無理もたくさんしてしまったから、土井先生にも叱られるだろうし、滝夜叉丸たちにも叱られるだろう。学園に連絡も全くしていないし、それでも今回のあの密書によって、両者共々戦に発展するほどの騒ぎになったという情報は入っているはずだから、余計な心配をさせているかもしれない。そうだとしたら、申し訳ないなあ。
 この学園にいる人たちは、忍者を目指しているとは思えないほど優しい人間ばかりだ。任務に就くたびに誰かを傷付けて、そうやって黒く汚く染まっていく私を、愛しい同輩たちは決して否定しないでいてくれた。私が初めて人の命を奪った時、一緒に泣いて苦しんでくれた。あの時、彼らがいなかったら、今の私はいない。私は、誰かの血で赤黒く汚れた両の手を握ってくれる小さな手に、頭を撫でくれる大きな手に、抱き締めてくれる力強い腕に、いつも、どんな時でも、泣きそうになる。私を好いてくれている彼らに、すがっていないと生きていけない。私にとって、帰る場所はここしかあり得ない。


 ガタガタと震えだした身体に為す術もなく、ぼんやりと歪む視界をゆっくりと閉じる。思考が飛んで、意識もはっきりとしない。ひゅーひゅーと鳴る肺の音に交じって、私の名前を呼ぶ愛しい後輩の声が聞こえた。

 嗚呼、泣いている。私の、愛しい後輩が、泣いて、いる。ああ、ごめんね。ごめんなさい。今見つけてあげるから。ね、だいじょうぶ。だから、どうかだれも、










120406