「タカ丸さん」
「あ、名前くん。どうしたの?」


 寝巻に着替えて、布団も敷いて、あとは寝るだけの体勢になった僕のところに、突然名前くんがやってきた。名前くんは戸のところに立ったまま、じっとどこかを見つめるだけで、僕の問いに答えてくれない。もう一度名前を呼ぶと、名前くんはやっと僕に視線を向けて、ふわりと目を細めた。十三歳とは思えないその色気に、一瞬名前くんが自分と同性だということを忘れて、普通にどきっとしてしまった。すごく、心臓に悪い。


「タカ丸さん、部屋にお邪魔してもいいですか」
「あ、うん、散らかってるけど」


 僕がそう言うと、名前くんは僕の部屋に入り、後ろ手に戸を閉めた。そしてやけにゆっくりと、というよりもふらふらとこちらに歩いてくる名前くんに手を貸すと、その手は驚くほど熱かった。よく見ると顔も赤いし、吐く息が微かに酒臭い。なるほど、だからふらふらしているわけか。でも、一体誰が名前くんにお酒を飲ませたんだろう。とりあえず名前くんを座らせて、僕は食堂に水を取りに部屋を出た。水を持って部屋に戻ると、名前くんはまたぼんやりとどこかを見つめていた。僕が戸を開けた音で気付いて、またふわりと笑う。酔って愛想を振りまくなんて、こんな名前くんを見たら、女の子たちが放っておかないだろうなあ。


「タカ丸さん、どこ行ってたんですか」
「食堂だよ。ほら、名前くん、お水」
「わあ、ありがとうございます」
「溢さないようにね」
「はぁい」


 うわあ、どうしよう。名前くん可愛過ぎる。
 無防備にふわりふわりと笑う名前くんに性別とか関係なくどきどきしていると、水を飲み終えた名前くんが僕のほうに寄りかかってきた。よしよしと頭を撫でてみれば、名前くんは嬉しそうに笑う。僕は名前くんに肩を貸しつつ、にやける顔を抑えるのに必死だった。


「名前くん、誰にお酒飲まされたの?」
「んー、七松先輩?」
「…うん、それは、大変だったねぇ」
「なんか、強いやつを、わーってね、飲まされたんです」
「うんうん。じゃあ名前くん、もう遅いし寝よっか。部屋に戻れる?」


 僕の問いかけに名前くんはきょとんと首を傾げて、そして緩く首を横に振った。一応確認のために「ここで寝る?」と聞けば、またふわりと笑って、「はい」と返事をした名前くんに、きゅんとしない女の子はいないと思う。同じ男の僕でもきゅんとした。普段の名前くんはもっとしっかりしていて、甘えたくなっちゃうんだけど、今の名前くんは可愛くて仕方なくて、守ってあげたくなる。強い名前くんを僕なんかが守れるわけないんだけど。
 名前くんが僕の部屋に泊まることは別にいい。むしろこの状態の名前くんを部屋に戻すほうが不安だし。ただ問題はこの部屋には布団が一組しかないということ。とりあえず名前くんをここに寝せて、あとで名前くんの部屋から布団を持ってこよう。それがいい。


「名前くん、僕の布団で寝ててね」
「…タカ丸さんは?」
「大丈夫だから、先に寝ていいよ」
「そんな、だめです」
「え、だめ?」
「ひとりに、しないでください、タカ丸さん」


 僕の寝巻の袖を掴む名前くんは、酷く寂しそうな、今にも泣き出しそうな、そんな表情をしていた。どうして、なんで、ああ、泣かないで。思いは何も言葉にならなくて、僕はただ、名前くんの身体を抱き寄せた。
 名前くん、お願いだから、一人で泣くことだけはしないでね。







120331

主人公は酒盛りを始めた六年生のところに七松に引きずり込まれたのでしょう。
七松って相手が誰だろうと無遠慮にがばがば飲ませそう。

あ、うちのタカ丸さんは、普通の子です。