私の座学の成績があまりによろしくないということで、先生が私に特別課題を出してきた。しかもこの課題を基にした試験も行うらしい。この試験でも結果が残せないようなら、休日返上で補習をすると言われた。そんなのは地獄だ、拷問だ。
 泣き出したい気持ちを抑え、とりあえず滝夜叉丸と喜八郎の部屋に逃げ込んだ。私は座学で困ったときは、必ずここにやってくる。そして今日もいつものように私と滝夜叉丸が机を挟んで座り、いつものように喜八郎が私の背中にへばりついている。


「ねえ名前、そんな課題は僕がぜーんぶ解いてあげるから構ってよ」
「喜八郎、私はこの課題を理解しなきゃ意味がないんだよ。説明してくれるなら助かるんだけど」
「んー、どれがわからないの?」
「全部」
「え、なんで?」
「今ので私のやる気が消えた」


 私が筆を置くと、喜八郎は私の首に腕を巻き付けた。私がため息を吐くのと同時に滝夜叉丸もため息を吐いた。喜八郎は私の肩に顎を乗せ、まるで猫のように甘えてくる。またこれもいつもの光景。私が何もかも諦めて喜八郎に身体を預けると、滝夜叉丸が呆れたように再びため息を吐いた。滝夜叉丸、そのうち気疲れで禿げるかもしれないなぁ。


「名前、課題やらなくていいのか」
「全然良くない。けど、喜八郎がいるんじゃ集中できない」
「えー、僕のせいー?」
「いつものことだ、あほ八郎め」
「失礼だなー、滝夜叉丸はー」
「私、三木ヱ門のところに行ってこようかな」
「え、駄目、やだ。名前、行かないで」
「うん、うん、わかったから」
「…名前も大変だな」


 嗚呼、そんな哀れむような目で見ないでくれよ、滝。喜八郎のこのべたべたは今に始まったことじゃないし、今さらだ。

 私は二年生のときに三木ヱ門と滝夜叉丸、三年生のときに喜八郎と知り合った。一年生のときはは組に在籍していて、今よりずっとずっと荒れていた私は、友達を作ることなく二年生になった。一人で鍛練を繰り返していた私は、実習の成績がぐんと上がり、二年生ではろ組に。同じろ組だった三木ヱ門とはそれから仲良くなり、その頃から三木ヱ門と仲が悪かった滝夜叉丸とも知り合った。三年生になって初めて喜八郎の掘った蛸壺に落ち、喜八郎と知り合った。三木ヱ門や滝夜叉丸が自分よりも先に私と知り合っていたことが何故か気に食わなかったらしく、それからは徐々に今の状態になっていった。喜八郎が若干私に依存気味なのも、他のみんなもそれなりに私を特別視しているのもわかっている。彼らのためを思うなら、今すぐそばを離れたほうが良いだろう。わかっていて行動に移さないのは、私も彼らを特別視しているからだ。
 私も、彼らが特別なのだ。

 喜八郎が私の胡坐をかく足の上に乗ってきて、私の両の手を自分の腹の前で結ぶ。だらりと姿勢を崩し、私の胸の辺りにちょうど喜八郎の後頭部が来るような体制になると、喜八郎はこちらをちらりと見上げて、嬉しそうに微笑んだ。まるで小さな子どもみたいだ。喜八郎の体温が心地好くて、小さく欠伸を洩らした。


「名前、眠いの?」
「ううん、平気」
「夜はちゃんと寝ているのだろうな?」
「任務がなければ、ちゃんと寝ているよ」
「それにしては最近酷く疲れているように見えるぞ。何かあったのか」
「滝夜叉丸はともかく、僕にも言えないことなの?」
「おい喜八郎!今聞き捨てならない言葉が、」
「ああもう、滝うるさい」


 いつものように口喧嘩を始めた滝夜叉丸と喜八郎の声を聞きながら、私は笑った。







120327

主人公の過去のことをちょっとだけ。
公式ではわかりませんが、ここでの組は成績によって変動する制度。