「名前、何かあったのか」
三木ヱ門が突然そんなことを言った。しかも真剣な顔で。何か心配をさせるようなことをしただろうか。今日はわりと真面目に授業を受けていたつもりだったのだけど、それがいけなかったのだろうか。私だってたまには真面目になることもあるというのに。いや、まぁ、そんなことで心配するような人間いないだろうけど。いたとしても、それは確実に冷やかしだろうな。
私はじっと三木ヱ門を見上げてみるも、三木ヱ門も私から目をそらさないものだから困った。三木ヱ門は照れ屋だから、私がじっと見つめるとすぐ目をそらすのに。私は机に伏せていた身体を起こし、隣に座る三木ヱ門にきちんと向き直った。
「三木ヱ門、どうしたの」
「僕の質問に答えろよ」
「だって私には三木ヱ門の問いへの答えがないよ」
「じゃあなんで食満先輩に避けられているんだ」
三木ヱ門が怪訝そうに顔を歪めて、吐き捨てるように言った科白に対して、私はただ曖昧に笑うしかなかった。やっぱり、気付かれたか。三木ヱ門の洞察力を舐めてはいけない。
任務中の私が善法寺先輩と食満先輩に接触したあの日から、食満先輩は私を避けている。周りが気付くほど明らかではないが、ただなんとなく避けられているのだ。目が合ってもそらされたり、私がいない時を狙って医務室に来るようになったり。善法寺先輩はうまく隠しているというのに、忍者がそんな感情的でいいのだろうか。武道派と呼ばれるくらいだから、そういうことはあまり気にしないと思っていたのだけど、どうやら見当違いだったらしい。
「私、避けられているかなぁ」
「僕が気付いて、お前が気付かないわけないだろ。しらばっくれるな」
「別に私は気にしないんだから、三木ヱ門も気にする必要はないよ。食満先輩が私を避けたところで、何も変わらないし」
私は再び机に片頬を預け、何を見るでもなく、ぼんやりと眺める。視界の端で三木ヱ門が不満そうに眉をひそめている。その向こう側では同じろ組の奴らが馬鹿騒ぎしている。机に向かって本を読んでいる奴もいる。ろ組は今日も平和だ。
珍しく真面目に授業を受けたせいか、ぼんやりしていると急に眠気がやってきた。委員会の時間まで時間があるし、少し寝ようかな、どうしようかな。うとうとしている私の背中に突然衝撃が襲い掛かってきた。びっくりして振り向けば、物凄く笑顔の友人がいた。嗚呼、またか。
「名字っ、サッカーやろうぜ!」
「君と遊ぶと日が暮れるまで解放してくれないから嫌だ」
「なんだよ、いいじゃん!遊ぼうぜ!」
「しつこい男は嫌われるよ。ほら、行ってらっしゃい」
「ちぇっ、今度は付き合えよなー!」
じゃあなー!、と大きく手を振る彼に手を振り返して、私は頬杖をつく。眠気がなくなってしまった。仕方ない。起きているか。ふと隣から視線を感じて、視線を向ければ、三木ヱ門が信じられないものを見るように目を見開いていた。
「なに?」
「名前って、僕たち以外とも普通に仲良いんだな」
「え、うん、まあ、四年も一緒にいれば普通にね。でも喜八郎には言わないでくれよ。よくわからないけど、やたら嫌がるんだ」
そう言うと三木ヱ門は喜八郎が文句を言うときと同じように、不満そうな拗ねたような顔になった。おやおや、君もそうなのか。私は愛されているなぁ。そんな呑気なことを思いながら、私は三木ヱ門の髪を撫でた。何も言わない分、ぐっとくるものがあったりする。似たような理由で、私は喜八郎にも弱い。
「他の誰と仲が良くなろうと、君たちはずっと特別だよ」
照れたように顔を真っ赤にする三木ヱ門はとてもいとおしいのだけどなぁ。
120322