今日も町は賑わっている。


「え、あれ、名字さんっ!?」
「おや、こんにちは。お久しぶりですね」
「は、はい!え、でも、なんで、名字さんが、っ!」
「落ち着いて、ゆっくりで大丈夫ですから、ね」
「…は、い」


 そして、今日も名前先輩は大人気だ。おばちゃんたちは名前先輩に対してがつがつ来るし、べたべたと触る。金のためだとしても俺だったら絶対嫌だ。けど、名前先輩は嫌な顔ひとつしないで、ずっとにこにこしている。若い町娘さんたちは名前先輩を前にしただけで緊張してしまうようで、今も、名前先輩を目の前にした1人の女の人がうまく話せなくなっていた。そんな女の人に対して、名前先輩はにこりと笑い、顔をのぞき込むように軽く首を傾げた。その仕草はあまりに自然で、同じ男の俺でさえも思わず見惚れてしまうくらい綺麗だと思う。で、その女の人はいとも簡単に落ちてしまったわけだ。


「今日は何かお探しですか」
「あ、えっと、紅を…」
「紅でしたら、新作があるんです。うーん、でも貴方にならこちらの色の方が似合いそうですねぇ。如何ですか」
「あ、可愛い…」
「肌が白いので、よく映えると思います」
「ほ、本当に…?」
「はい。私が貴方に贈りたいくらいです」
「…私、買います!」
「ありがとうございます。きり、お勘定」


 そして、それをうまいこと商売に活かしている。だから名前先輩にバイトの手伝いをしてもらうと稼ぎが全然違うんだよなぁ。いつもいてくれたらいいのに。
 俺が営業スマイルを貼りつけて紅の勘定をしているうちに、名前先輩は次の客の相手をしていた。てか、今店にいる人たちはみんな名前先輩の接客待ちのようで、ちらちらと名前先輩の様子を伺っている。名前先輩はやっぱりすげぇや。






 商売が一段落して、名前先輩が俺の近くに戻ってきた。さっきまでの笑顔はなく、疲れたように深いため息を吐いている。片付けを始めた俺の首あたりに名前先輩の腕が巻き付いた。ふわり、と白梅の香りがする。名前先輩の匂いだ。


「きりー、終わったよー」
「名前先輩、今日はほんっとに助かりました!やっぱり名前先輩がいると、ほら見て!こんなに稼ぎが!」
「んー、良かった良かった。きりが嬉しいと私も嬉しいよ」
「…でも、名前先輩、疲れてるのに、無理矢理手伝わせちゃってごめんなさい…」


 ふにゃりと力なく笑う名前先輩を見たら、急に罪悪感が生まれてきた。そもそも今日だって本当は名前先輩に手伝ってもらう予定じゃなかったのに、縁側で昼寝をしようとしていた名前先輩を無理矢理連れてきたようなものだ。俺が素直に謝ると、名前先輩はきょとんと首を傾げて、そしてまたふにゃりと優しく笑って、頭を撫でてくれた。


「後輩たちはみんな可愛いけど、私はきりが一等可愛いよ」
「名前先輩…」
「私たちはこの世で唯一の兄弟だ。そう言ったのはお前だろ?」
「うんっ」
「兄に頼れ、弟よ」


 嬉しそうに笑う名前先輩を見ていると、俺も嬉しくなって笑った。父ちゃんも母ちゃんもいなくなったのはすごくすごく悲しいし、今でも思い出すと泣きそうになるけど、名前先輩と、あと土井先生が一緒にいてくれるから、他の戦争孤児よりもずっとずっと恵まれていると思う。乱太郎たちもいるしな!
 片付けた道具は全部名前先輩が持ってくれて、空いた手は俺の手を握っている。すごく綺麗な夕暮れの中で、名前先輩は笑った。


「きり、帰ろうか」
「はい!」


 名前先輩がいてくれて、本当に良かった。






120313

2人だと敬語崩れちゃうきり丸。意識はしてない。
きり丸は主人公の任務とかのことを知らないと思う。