今回の実習は、赤と白、二つの巻物を奪い合うサバイバル実習である。くじで二人組を作り、各組が一つずつ巻物を持つ。赤を持っている組は白を、白を持っている組は赤を他の組から奪い、二つ揃えて時間内に学園まで戻ってくれば合格、それ以外は不合格。巻物はいくつ奪っても可とするが、得点に加算することはない。武器は一人一つまで持ち込み可とする。大怪我はしないように。





「…名字ー、まだやんのー」
「もうちょっとだけ。どうせ時間は十分あるんだし、ね」


 至極楽しそうに笑う名字の手には赤の巻物が二つ、白の巻物が四つ握られている。俺たちがもともと持っていたのは赤の巻物で、最初に手に入れたのは白の巻物だった。つまりこの時点で本来俺たちは学園に向かうべきなのに、そしたら確実に一番だったのに、「このまま帰るのもつまらないから、ちょっと引っ掻き回していこうよ」と名字が笑顔で言うものだから、俺は仕方なく付き合っている。というか、名字が勝手に戦って、勝手に他の組の巻物を奪っている。それはもう楽しそうに。

 座学の成績はは組並みなのにも関わらず、名字名前がろ組に在籍している理由は、実習の成績が他の誰よりも抜きん出ているからだ。四年で名字に勝てる奴はいないとさえ言われている。たぶんそれは事実だろうけど、学がないんじゃ、忍者としては半人前だってことだ。
 名字の楽しそうな顔にうんざりしながら、次の組がやってくるのを待っていると、ろ組とは組の二人組がやってきた。周りに注意を払いながら走っているのはいいが、どうやら上まで気が回らないらしい。お粗末だな。


「あ、来た」
「おお、そうか」
「あれ、行かないの?」
「俺はここで巻物番しているから、さっさと行ってこいよ」
「うん。じゃあこれ、よろしく」


 俺が巻物を受け取ると、名字はすぐに姿を消した。俺たちが身を隠していた木の真下を二人が通過しようとしたその瞬間、二人の目の前に降り立った名字に二人は身を引いて、それぞれ武器を構える。ろ組は苦無で、は組は槍。長中短距離に一応対応できそうだけど、は組の奴、槍なんてうまく使えんのかよ。
 俺がぼんやりとそんなことを考えている間に、名字はすかさず#鉤縄を投げ、は組の槍を持つ右腕を捕らえる。それを勢いよく引き寄せると同時に残るろ組に向かって走り出した。飛んできた苦無を軽々と避け、一気に間合いを詰めた名字にろ組が苦無で応戦しようとするが、それよりもずっと早く名字が動く。片足を引っ掛けられ、ろ組の身体が後方によろめいた。途端に名字が真上に飛び上がると、背後から名字に殴りかかろうとしていたは組が勢いを殺しきれず、ろ組に衝突して、二人仲良く地面に倒れこんだ。軽く着地した名字は鉤縄を回収して、「はい、おしまい」と二度手を叩いた。


「まだ終わってねえよ名字!」
「終わりだってば。ところで二人は巻物揃えたの?」
「………まだだけど」
「どっち?」
「え?」
「どっちが欲しいの?」


 地面に倒れこんだまま喚いていた二人の顔が、ぽかんと阿呆面に変わる。ここからはよく見えないが、名字は笑っているに違いない。名字がこっちに視線を寄越し、「降りておいでよ」と手を振ってきた。俺は仕方なく巻物を抱えたまま名字の近くに降りると、ろ組とは組の奴らが驚いて、後退りした。い組の俺がろ組の名字に従っているのがそんなに珍しいか。…まぁ、珍しいだろうなぁ。


「白がないんだって」
「ほら、取れよ」
「ありがとう。はい、あげる」
「え、いいのか!」
「いっぱいあるし。遊んでくれたお礼」
「名字ありがとう!」


 いっぱいあるし、っていう発言に何か言えよ、は組。俺がため息を吐いている間に、二人は何度もお礼を言いながらその場から去っていった。穏やかに手を振っている名字は、また何故か楽しそうに笑っている。絶対なんかやったぞ、こいつ。


「お前、何やったんだよ」
「ん、ちょっとね」
「教えろって」
「自分の持っている巻物、確かめてみたら?」


 言われて見てみた俺の手の中には、赤が一つ、白が四つの巻物が残っていた。あいつら、白の巻物がないって言ってなかったっけ。訝しげに名字を見ると、名字は笑いながら真っ白の左手を見せてきた。「こんなチョークの粉で騙されるようじゃ、駄目だよねぇ」と、名字は妖しい笑みを浮かべた。


「さて、いらない巻物は適当に捨てて学園に戻ろうか」


 俺、やっぱりこいつ苦手だわ。





120305

四年い組の彼視点でお送りしました、楽しかったです、はい。
まさかキャラが1人も出てこないとか。キャラじゃない視点からの主人公の印象を書いてみたくて、気付いたらこんなことに。

主人公だって自分の好きなことを全力で楽しむくらいの自己中さはあるといいなっていうね。

巻物の布の部分の色が違う設定なんですけど、チョークの粉って布につくと真っ白になりますよ、ね?ね!
ちなみにチョークは武器としてカウントされませんたぶん。チョークを武器にできるの土井先生だけだしね。うん。