「あ、名字!」


 朝の騒がしい食堂で私の名前を呼ぶ一際大きな声が聞こえた。振り向いた先に大きく手を振る竹谷先輩がいて、私はにこりと笑って頭を軽く下げた。私が座っている机に駆け寄ってきた竹谷先輩は、両手で私の頭をぐりぐりと撫でくりまわす。竹谷先輩は、私を犬か何かだと思っているに違いない。失礼だとは思うが、犬に似ているのは竹谷先輩のほうだ、絶対。今日はタカ丸さんに結ってもらったのにな。まぁ、いいか。思う存分ぐちゃぐちゃにされ、やっと解放されて竹谷先輩を見上げると、その背後からこちらをのぞき込んでいた尾浜先輩が変な顔をしていたせいで、思わず吹き出してしまった。


「名字、なんで俺の顔見て笑うんだよ…」
「違うんです!竹谷先輩を見て笑ったわけじゃないです!尾浜先輩が!」
「俺は何もしてませーん」
「名字、あんまりハチ苛めんなよ」
「いつもハチのこと苛めてる三郎が何言ってるの?」
「あ、名字、俺と同じ定食頼んでる。豆腐、好きなのか」
「ちょっ、お前ら!俺が名字と話してんだよ!散れ!」


 竹谷先輩が喚いても他の五年生の先輩方は全くの無視で、何故か私を囲むように席に着き始める。「ハチ、早く飯もらってこいよ」と鉢屋先輩が声をかけると、竹谷先輩はまたしゅんと落ち込んだ様子でとぼとぼとおばちゃんのところへ向かっていった。みんなちょっと竹谷先輩に厳し過ぎやしないだろうか。私の目の前に座り、私の豆腐を物欲しそうな目でちらちらと見ている久々知先輩にそっと器を渡しながら、竹谷先輩の寂しそうな後ろ姿を見つめた。でも私の隣が空いている辺り、なんだかんだ優しい方たちだと思う。


「名字!ありがとう!」
「どういたしまして」
「そういえば滝夜叉丸たちはどうしたの?名字が一人で朝食なんて珍しいね」
「嗚呼、これから四年合同で山中での実習があって、吐くほどきついから朝食は抜いた方がいいぞ、っていう先生の忠告に素直に従っているみたいです。今は軽く身体を動かしている頃かと」
「…名字は食べて平気なのか」
「うーん、まぁ、なんとかなるでしょう。朝食を食べないと身体が動きませんし」


 心配そうな不破先輩と若干呆れ顔の鉢屋先輩を余所に、私はおばちゃんのおいしいご飯を口に運ぶ。先輩たち、顔は同じでも表情は全然違うんだなぁ。感心していると竹谷先輩が戻ってきて、空いていた私の左隣に座った。わいわいと騒がしくなる中、一人先に食べ終わった私はお盆を持って立ち上がる。


「私そろそろ行きますね」
「うん、実習頑張ってね」
「名字、これから実習なのか!怪我すんなよ!」
「はい、ありがとうございます」


 手を振って見送ってくれる不破先輩と竹谷先輩に小さく手を振り返し、私は滝夜叉丸たちが待つ校庭に向かった。




「なぁ、今日の名字、微かに血の匂いがしなかったか」
「俺も思った!名字って四年では就かないはずの任務に就いてるって噂があるし、もしかしてその帰りだったりして!」
「そんなの根も葉もない噂だろ」
「兵助の言う通りだよ。そもそも学園がそんなの許すわけないでしょ」
「ハチ、私たちの中で一番仲良いんだから、なんか聞いたりしてないのか」
「雷蔵、兵助、食い終わったならさっさと戻ろうぜ」
「え、ちょっと待ってよハチー!」


 私が去った食堂で、先輩方が話していた内容など、私が知る由もなかった。




120303

唯一五年だけが誰も主人公との接点がなくて本当に悩みました。でも竹谷を筆頭に、みんなに可愛がられてたらいいな。