体育委員会のマラソンからやっと解放されて、ぼろぼろの姿で廊下を歩いていたら、運悪く善法寺先輩に見つかった。私を見つけた瞬間の善法寺先輩の笑顔ったら。善法寺先輩は中在家先輩と同じで、怒ると笑うのだ。しかも怖い。私はおとなしく笑顔の善法寺先輩に浴場に投げ込まれ、しぶしぶ身体を洗って、出てきたところをまた捕まり、今度は医務室に連れ込まれた。そうして今、上衣を脱がされ、身体中の傷に善法寺先輩特製の薬を練り込まれているところである。


「どうしてこんなにぼろぼろになったの」
「七松先輩と裏裏裏山まで競争することになったんですけど、競争の途中で七松先輩が何故か突然猪を追い掛け始めて、それを追ったり援護したりしてたら、いつの間にかこんなに傷ができていました」
「猪…」
「今ごろ七松先輩が捌いているんじゃないですかねぇ」


 七松先輩、とても嬉しそうだったなぁ。ぼんやりと猪を捕らえたときの様子を思い浮かべていると、私の腕を持ち上げていた善法寺先輩の手が止まった。善法寺先輩の視線は私の脇腹をじっと見つめている。私もそこに視線を向けると、そこには大きな傷跡がくっきりと残っていた。傷跡を隠そうにも、前掛けからちょうど隠れない位置にあり、そもそもすでに見つかっているわけだから、今さらどうしようもない。随分前の任務でできた傷だったから、すっかり忘れていた。しかも自分で治療したせいで、変な跡が残ってしまったのだ。だって、私が上級生用の任務に就いていることを知らない善法寺先輩にばれたら、説明できないじゃないか。絶対怒るし。もうすでに怒っているし。


「これ、なに?」
「えー、っと、学園長先生のお使いで、はい、ちょっと…」
「ちょっと、なに?」
「…ちょっと、その、面倒事に巻き込まれまして、その時にできた傷、です」
「僕、そんな報告聞いてないんだけど」
「…ごめんなさい」
「僕は名前に謝ってほしいわけじゃないよ」


 善法寺先輩が呆れたようにため息を吐いた。私はそっと視線を下げ、目を伏せる。善法寺先輩の手が触れている手がやけに熱い。
 善法寺先輩は無意味に怒る人ではない。私が怪我を見せなかったり、具合が悪いのを隠そうとしたりすると、いつも悲しそうな顔をして怒る。善法寺先輩はとても優しい人だから、私のことを心配してくれているから、こんな悲しそうな顔をするのだ。でも、四年生の私が上級生用の任務をしていることを知ったら、善法寺先輩はきっと、いや絶対にやめさせようとする。だから、極力任務で負った怪我を知られたくない。後輩思いな善法寺先輩にあまり心配させたくないし。そんな思いとは裏腹に、私はいつも善法寺先輩に悲しそうな顔をさせてしまうのだけど。
 善法寺先輩が私の手をぎゅっと握って、優しく私の名前を呼ぶ。顔を上げてみれば、やっぱりそこには悲しそうな顔をした善法寺先輩がいた。


「名前はもっと自分を大切にしなきゃ、駄目だからね」


 小さく頷いた私を見て、善法寺先輩は優しく微笑んだ。嗚呼よかった。善法寺先輩、もう怒ってないみたい。なんて思った私が馬鹿だった。善法寺先輩はその優しい笑顔のまま、あの潮江先輩が涙を浮かべたという噂の塗り薬を取り出してきたせいで、私は泣きべそをかきながら四年長屋に直帰することとなった。
 嗚呼、中在家先輩の猪鍋、食べたかったなぁ。






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捕まえた猪は七松が捌いて、長次が鍋を作って、集まった後輩たちとおいしく頂きました。きっと七松は主人公のこと忘れてると思う。

主人公は立花先輩こわいこわい言ってるけど、実は伊作が一番こわい。