「いけいけどんどーん!」


 七松先輩の楽しそうな声が響いて、隣を走っている滝夜叉丸がぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す。脇には金吾を抱えていて、足取りはマラソン開始当初よりもおぼつかなくなってきている。そう言う私も脇に時友を抱えていて、ついでに次屋を繋いでいる縄も握っているわけで、七松先輩に追い付けるはずもなく、すでにその姿は見えなくなってしまった。私は上がってきた心拍数を落ち着けようと、大きく深呼吸をしてみる。すると、握っていた縄が強い力で引かれて、私は思わずよろめいた。


「次屋!そっちじゃないよ!」
「え、七松先輩こっちに行きませんでした?」
「いや、うん、戻っておいで」
「はーい」


 そんなわけで、今日は七松先輩に誘われて体育委員会に参加している。参加するたびに思うけど、毎回これに強制参加させられている滝夜叉丸たちは本当に本当に大変だと思う。七松先輩が一人でどんどん先に行ってしまうから、次屋捜索も後輩たちの面倒を見るのも滝夜叉丸だというし、私、保健委員会でよかった。
 体力だけが自慢の私は、こんなどうでもいいことを考えられるくらいにはまだまだ余裕がある。今からこの子たちをおいて七松先輩を追い掛ければ、たぶん追い付けるだろう。


「ん、名前先輩…、」
「おお、時友。復活したか」
「迷惑かけてごめんなさい…」
「ううん、いいよ。七松先輩も行ってしまったし、休憩にしようか」


 私がそう言うと滝夜叉丸と次屋がその場に倒れるように座り込んだ。時友を地面に下ろすと、申し訳なさそうにその大きな目で見上げてくる。私は時友の前にしゃがみ、少し土のついた柔らかい頬を撫でた。はにかむように微笑んだ時友の小さな手を引き、滝夜叉丸に近付くと、いつもの美しさは欠片もなく、相変わらずぜぇぜぇと荒く浅い呼吸を繰り返していた。その隣で目を覚ました皆本が申し訳なさそうにしていて、私は思わず笑みを浮かべた。体育委員会の後輩たちは、本当に良い子ばかりだ。


「皆本、大丈夫?」
「平先輩が運んでくださったので大丈夫です」
「そう、良かった。滝は大丈夫?」
「成績、優秀な、この私が、この程度の、マラソンで、へばるわけ、」
「うん、わかった。ゆっくり休んでくれ」


 悔しそうな滝夜叉丸に睨まれたが、仕方ないじゃないか。私が滝夜叉丸に勝てるものなんてたいしてないのだから。
 皆本の頭を撫で、次屋に声をかけてみるが、返事は返ってこなかった。飄々としていたから意外と余裕かと思いきや、そんなことはなかったようだ。仰向けに寝ている次屋はぼーっと空を眺めていた。私は笑みを浮かべ、手招きをする皆本の隣に腰を下ろした。そうこうしないうちに、七松先輩の軽快な足音が聞こえてきて、私以外のみんながばたりと地面に伏せた。え、何事。


「みんなこんなところにいたのか」
「七松先輩、」
「名前はまだまだ余裕そうだな。よし、行くか!」
「え、」
「いけいけどんどーん!」
「どんどーん…?」


 勢いよく駆け出していった七松先輩を追うと、後ろから「名前せんぱーい!」と呼ぶ皆本と時友の声がして、振り向けば心配そうな顔をした滝夜叉丸と後輩たちがこちらを見ていた。彼らに手を振り、私は七松先輩の背中を追い掛けた。

 しばらく七松先輩の後ろを走っていると、突然七松先輩がくるりと振り向いて、その顔があまりにも清々しい笑顔だったから、私は一瞬立ち止まってしまった。


「名前!裏裏裏山まで競争しよう!」
「え、今日は裏裏山までのはずじゃ…」
「細かいことは気にするな!行くぞー!よーい、どんっ!」


 掛け声と共に、だっ、と駆け出した七松先輩を反射的に追い掛けてしまう私も大概阿呆だと思う。

 さて、学園に着くのはいつになることやら。






120229

体育委員会かわいい。
主人公は唯一七松についてこれる後輩だから、七松のお気に入り。本当は体育委員会に欲しいけど、いさっくん怖いからって我慢してたらかわいい。