※拍手ログ


 幼い頃から綺麗なものが好きだった。戦国の世を華麗に生き抜くくのいちの美しさに憧れ、忍術学園に入学したときからもうすでに六年が経った今でも、わたしは相も変わらず、綺麗なものに心を惹かれ続けている。これからもきっと変わることはない。わたしは綺麗なもののそばで、この命を終えたい。
 そんなことを想いながら、寝転がったわたしの視界を奪う広い広い黒に目が眩む。その黒に消え入るように光を放つ星のかけらでも構わない。手に入れることはできないだろうか。


「おい、」
「あ、仙くん」
「だからそのまぬけな呼び方はやめろと何度言えばわかるんだ、阿呆」


 呆れた顔した仙くんがわたしの黒く染まっていた視界を遮る。さらり、と仙くんの肩から落ちた黒い綺麗な髪に手を伸ばし、ぐっ、と力を入れて引き寄せ、傾いた仙くんがわたしの顔の横に手をつく。予測していたのか、仙くんの綺麗な顔はほとんど歪むことはなく、さっきよりも近づいた綺麗な呆れ顔に、わたしはにっこりと微笑む。胸元に落ちた仙くんの髪を指に絡ませて、口づけを落とす。ふわり、と香る、火薬の匂い。


「お前、また色の実習を投げ出したらしいな」
「うん。だって、相手が醜悪だったんだもの。思い出すだけでも、吐き気がする」
「…卒業する気がないのか」
「それとこれは別でしょう?醜悪な男は何が何でも嫌」
「生娘でもないくせに」
「わたしは綺麗な、それこそ仙くんのような人じゃなきゃ嫌なの」


 仙くんが複雑そうな顔をする。わたしは仙くんの綺麗な髪をくるくると弄ぶ。綺麗な仙くん越しに見る夜空も、とても綺麗だ。
 わたしが色の実習を投げ出すことは、決して珍しくない。それは色の授業が始まった時からで、先生方はもはや呆れて何も言わなくなってしまった。だけど、今回は卒業がかかった最後の実習だったのだ。それを、相手が醜悪だったから、と投げたのはわたしのみ。先生方はわたしの今後をどうするかを話し合っている最中だという。面倒なことになった。これだったら、我慢すればよかった、いや、やっぱり無理だ。あれは、人じゃない。
 ぼんやりと仙くんの綺麗な顔を眺めていると、仙くんが突然肘をつき、距離を詰めてきた。反射的に目を閉じると、ちゅ、と唇にくっついた仙くんの唇。その感触が離れていき、それに合わせて目を開く。こちらを見下ろす仙くんがどこか悲しそうな表情を浮かべていた。


「怒ってる?」
「怒ってない」
「そう言うときの仙くんはだいたい怒ってる」
「………」
「わたしが綺麗なものが好きなの。知っているでしょう?その中でも一等好きなのは、仙くんだよ。仙くんの美しさに敵うものなんて、わたしは見たことがないし、これからも見つけられる気がしない」
「ふん、当たり前だ」


 そう言って強がってみせた仙くんの表情は嬉しそうに緩み、それはそれは綺麗で、わたしはその綺麗な顔をもっとよく見たくて、仙くんの首に腕を回した。だけど、仙くんがわたしの首筋に顔を埋めてしまったせいで、その綺麗な顔は見えなくなってしまった。仕方なくわたしは仙くんから与えられる快楽に身を委ねる。首筋を這う舌にぞくぞくと背筋がざわめく。ああ、やっぱりこれでなくっちゃ、ね。


「お前が卒業できなくとも、私がさらってやるから安心しろ」
「あら、頼もしい」


 愛とか恋とか、そういうものに興味はない。わたしが欲しいのは、綺麗なものだけ。ねえ、仙くん。わたしのために、ずっと綺麗なままでいてね。
 そしたらわたし、ずっと貴方を好きでいてあげるから。







1207801〜120925

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