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 成長



 夕食の前に一度部屋に戻ってみたら、あらま、びっくり。そこにはこの部屋の主ではない男が一人。薄暗くなってきた部屋の端っこで、こちらに背を向け、膝を抱えているその男に、おれは思わずため息を吐く。びくっ、と肩を揺らした男は、ふるふると震えていた。おれは後ろ手で戸を閉め、男に歩み寄る。しん、と静まる部屋の中には、男の下手くそな嗚咽だけが響いている。


「兵太夫、」
「う、るさい、っ」
「まだ何も言ってないだろ」
「、ひ、ぐすっ、」
「ほんと、下手くそな泣き方」


 おれはぐすぐすと泣く兵太夫の隣に座り、その顔を覗き込もうと兵太夫に体を寄せる。が、兵太夫はふいっ、と顔を背けてしまった。仕方なく兵太夫の体をよいしょ、と抱きしめると、思いっきり体を押し返された。顔をしかめてみても、兵太夫は涙をたくさん溜めた目で、おれを睨みつけるだけ。おれは、兵太夫を抱きしめるために伸ばした腕を床に落とし、冷めた目で兵太夫を見る。


「お前さぁ、おれに慰めてもらいたくて、わざわざこの部屋で泣いてるんだろ。だったら素直に甘えろよ」
「別に、慰めてほしく、ない」
「あっそ。じゃあ、おれ食堂行くから、好きにしろよ。同室の奴のほうが早く帰ってくるだろうけど、おれには関係ないし」
「っ、」
「そうだろ、兵太夫?」


 ぼろっ、と大粒の涙を流しながら、困惑したようにおれを見上げる兵太夫を尻目に、おれは兵太夫から体を離した。そのまま、部屋から出ようと戸に足を向ければ、後ろから下手くそな嗚咽が漏れる。苦しそうだな。そう思いつつも、おれは部屋を後にする。
 今日のご飯は何だっけ。






 そうして食事を終え、自分の部屋に帰ってくれば、兵太夫はまだ泣いていた。おれの足音にまた肩を揺らし、恨めしそうにこちらを睨む。おれは兵太夫の頭を一撫でして、部屋に灯りをともす。ぼんやりと明るくなった部屋で兵太夫を振り返れば、泣き過ぎて赤く腫れた目が視界に入る。おれは兵太夫に向かって腕を広げ、笑う。


「兵太夫から来るなら、慰めてやるけど?」
「………」
「黙ってたっておれは何もしてやらないよ。おれが優しい人間じゃないことはお前が一番知ってるだろ。お前が何をしてほしいか、その口で言ってごらん。そしたら、何でもしてやるよ。なあ、兵太夫」
「…慰めてよ。吐き気がするくらい、甘やかして」
「いいよ。おいで、兵太夫」


 そう言えば、兵太夫は倒れこむようにおれの腕に飛び込んできた。涙で濡れた頬に唇を落としてやれば、兵太夫はぎゅっとおれの胸に顔を埋めてしまう。さらさらと落ちる髪の間から真っ赤な耳が見えて、おれは上がる口角もそのままに、兵太夫の体を抱き寄せた。再び泣き始めた兵太夫に、よく尽きないものだ、と感心してしまう。おれの腕の中で小さく震える兵太夫の髪を撫で、背中を撫で、時折赤い耳や頬に唇を落とす。そのたびに兵太夫がくすぐったそうに腕の中で身を捩る。ほんと可愛い。
 そうしてやっと落ち着いた兵太夫の髪を梳き、真っ赤に染まった頬を撫で上げれば、兵太夫は猫のようにおれにすり寄ってきた。


「で、今日は何で泣いていたの」
「…団蔵に、いつまでも泣き虫だと愛想尽かれるぞ、って、言われて、会いに来てみればいないし、そう言えば最近全然会ってないなって思ったら、なんか…」
「はあ?そんなことで一刻も泣いてたのかよ。そのうち枯れるんじゃね」
「…、うっ、え」
「ああ、ああ、もう泣くなって。ごめんな」


 ふるふると首を振った兵太夫は、ゆっくりと体を起こして、赤くなった目でおれを真っ直ぐにに見詰める。普段は綺麗な顔がおれの前でだけこうやってぼろぼろに崩れる。ほんと、可愛いやつ、なんて思いながら、おれは勝手に上がる頬を抑え、どうした?、と優しく問いかける。兵太夫が照れくさそうに笑って、また首を振った。


「なんだよ、言えよ」
「やだ」
「可愛くないな」
「嘘つき」
「うるさい、泣き虫」
「そんな僕が好きなくせに」
「ああ、悪い?」
「…ううん」


 兵太夫の泣いた顔も好きだけど、やっぱり幸せそうな顔が一番可愛いと思う。絶対に言ってやらないけど。再び腕の中に戻って来た兵太夫の体を抱え、おれは兵太夫の耳元で囁く。甘い甘い、甘い毒を。


「今夜は2人きりだけど、どうする?」









120611〜120801

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