※痛々しい表現あり




「これ、舐めたら、甘そうだよね」


 うっとりとした目でわたしの腕を眺める善法寺先輩にぞっと背中に悪寒が走る。腕を引っこめようとしても、善法寺先輩の力には勝てず、わたしはただ脅えることしかできない。ぐっ、と力を込めてしまったせいであふれ出た赤い血がわたしの腕を伝って、善法寺先輩の手に流れた。ぽたり、ぽたり。滴り落ちる赤に見向きもせず、わたしの抉れた傷口を酷く優しい手つきで撫でる指先に、思わず声が漏れた。善法寺先輩は至極嬉しそうに微笑み、ため息を吐いた。


「君はどんな表情をしていても美しいんだね。うらやましいよ」
「ひ、っ痛い、せんぱ、」
「嗚呼、可愛い。ほら、泣いてごらん」


 途端、ぐり、と善法寺先輩の指が傷口に埋め込めまれ、わたしはあまりの痛さに唇を噛んだ。口の中に血の味が広がる。善法寺先輩の腕を押し返そうにも、力が入らない。痛い、痛い痛い痛い。暴れるわたしの身体を抑え込み、至近距離で顔をのぞきこまれる。善法寺先輩の大きな目がぐにゃりと歪む。わたしはついに、涙をこぼした。ぎゅっと目をかたく閉じると、頬を舐められる感触にぞくりと寒気がする。怖い。気持ち悪い。苦しい。痛い。痛い。善法寺先輩の舌が耳を這い、甘噛みされる。また、ぞくりと身体が震える。頬を伝う涙が熱い。善法寺先輩の舌も熱い。


「やっ、んん、」
「本当に可愛い。このまま閉じ込めてしまいたいくらいだよ。ふふ、もっと泣いておくれ」
「、いた、あ、やだあっ、」


 可愛い、可愛いと耳元で囁く善法寺先輩の甘くて優しい声と、ぐりぐりと傷を抉り続ける指先に、わたしは困惑する。ゆるく首を振るも、善法寺先輩は傷を抉るのも耳を甘噛みするのもやめてはくれない。うっとりといとおしそうにわたしを見つめるだけだ。いつか本当に閉じ込められてしまうかもそれない。この人ならわたしの足を切り落とすくらい厭わないだろう。それでもわたしは、歪んだ愛情を必死に注ぐ善法寺先輩から逃げられないのだ。
 善法寺先輩を力なく見上げると、善法寺先輩がわたしの唇をぺろりと舐めた。わたしの身体を優しく支えながら、指にべったりとついたわたしの血を舐め、「やっぱり甘いね」と熱いため息を吐く善法寺先輩は、頭がいかれていると思う。その指をわたしの唇に押しつけられ、さっき噛んだときに切れた下唇がずきりと痛む。怖い。


「ねえ、はやく僕を好きになりなよ」


 だけど、その悲しそうな笑顔に、心動かされているのも、確かだ。





120505〜120611

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