裏口から出たところでぎゅう、と抱き締められる。それを押し返してみても、私はこの人に力では敵わない。「ごーめーんー」とへなへなと謝りながら抱きついてくる尾浜先輩が恨めしい。はあ、とため息を吐きながら、尾浜先輩の肩に額を押し付ける。だめだ、この人。


「馬鹿じゃないですか尾浜先輩」
「いや、ほんとごめん。体が勝手に動いちゃった」
「後輩の努力を無駄にしたいんですか」
「ごめんなさい」


 情けない声を出す尾浜先輩にちくちくと厭味をぶつける。私が何を言っても「ごめんごめん」と流されることはわかっているけど、言わなきゃ気が済まない。
 私と尾浜先輩は数週間前からとある城に潜入して情報収集をするという実地実習に就いている。用心棒として潜入している尾浜先輩とは違い、女装をし、女中として潜入した私は、噂好きの女中たちからの情報に加え、城勤めの男たちからも情報を得ていた。誘惑し、気のあるふりを見せ、駆け引きをする。くのいち寄りの方法だ。もちろん尾浜先輩とは打ち合わせしていない。この人、意外と嫉妬深いから止められることはわかっていたし、ばれなきゃいいかな、と思っていた私が悪いのか、尾浜先輩は、私が男に言い寄られているところに遭遇してしまった。それでそのまま見なかったふりをしてくれればいいのに、尾浜先輩は私の腕を引いて抱きよせて「これ、おれのなんで」なんて言いやがった。馬鹿だ。この人、大馬鹿だ。


「でもさあ、作戦会議したとき、おれが男から、名前は女中からって決めたよね」
「男たちがあまりにも私に言い寄ってくるので、これを利用しないのはもったいないかと思い、勝手に作戦変更しました」
「そりゃお前、かわいいもん」
「嬉しくないです」
「正直な話、最初に女装した名前を見たとき、作戦変えようかと思ったよ。これは簡単に男を落とせるな、って。でもおれが嫌だったの。おれ以外の奴に言い寄られて断らない名前を見たくなかったの。悪い?」
「悪いですよ。なに開き直ってるんですか」
「名前、おれが好きじゃないの?」
「大好きですけど、それとこれとは話が違います」
「さりげなく大好きって言われて普通にときめいた自分が単純すぎて笑える」


 はあ、と盛大にため息を吐く尾浜先輩に呆れつつ、私は尾浜先輩の背中に腕を回す。久しぶりに抱きあった安心感に、ずっと張っていた気が緩んでいく。やっぱり他の人間じゃなくて、尾浜先輩がいい。ぎゅ、と少し腕に力を入れて抱きつけば、その倍くらい強い力で尾浜先輩に抱き締められる。尾浜先輩から、火薬みたいな土みたいな、戦の匂いがする。いつもの甘い匂いがしないだけで、こんなにも別人みたいだ。


「おれの方はだいたい情報集め終わったんだけど、名前はどう?」
「私の方もほとんど終わりました」
「じゃあもうさっさと帰ろう。あ、でもその前にどこかに泊まって、今まで名前に触れなかった分を取り戻したいなあ」
「お気楽なもんですねえ」
「名前がおれの気持ちも考えずに実習にかまけるから」
「実習にかまけて責められるとは思いませんでした」
「おれはね、嫉妬深いんだよ、名前」


 今度おれを不安にさせたら、許さないからね。
 無防備な首筋に噛みつこうとする尾浜先輩の髪を引っ張りながら、あと二日は学園に帰れないだろうな、とため息を押し殺した。







130518


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